つらつらと、6日目を迎えてしまいました。
今日で終わりにさせるように頑張ります。
昨日、すべては自分が作り出しているという話でした。
では、私自身どうしたかという話になります。
私がしたことは、結局自分の怒る原因、その背景にある感情を引き出してそれがどうして蓄積していったかを探るという作業をしました。
それによって、私自身が✖したい状況がどうやって生まれるのか。
✖だと思っているのか。
本当に✖なのかを選択できるようになってきました。
結局は自分と向き合い、自分自身を受け入れる作業をまず第一段階でしなくてはならなかったのです。
これができないと前へ進めない。
これは私自身がいろいろ自己分析をした結果としての実感です。
実を言うとアドラー心理学をかじったりいろいろな本を読んだり。
セミナーに行ったり、ものすごく勉強はしました。
その中で、私に合う内容に出会えたのは本当にありがたいなと思います。
今までの自分を受け入れる作業って、本当に苦しいです。
私の実感では並大抵の覚悟ではできないと思っています。
ほんと、決断しないとできないなって。
でもそのおかげで私自身は子供を怒ってしまう自分を受け入れることができ、子供たちと以前より楽しく生活することができるようになりました。
折角自分がほどけたから、今度はかかわっていく妊婦さんを徐々にほどけるように技術をあげていきたいそう思っています。
さて1月から新しい職場。
いろんな意味でとても楽しみです。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。
また、違うテーマでいろいろ書いていきたいと思っています。
自分の感情をつらつらと書いて5日目
お付き合いいただいてありがとうございます。
冷静に自分を見つめてきて思ったことを書いていますが、
昨日書いた怒った背景を伝える作業をするためには自分自身を知らなくていけない。
という、結論に至りました。
どのようなことか。
実を言うと、すべては自分自身が作り出しているんだなということに気付いたのです。
例えば、
子供が学校の準備をしない。
↓
ある人は、準備をきちんとしなさいと怒る。ある人は優しく準備をしようねという。ある人は子供が準備をするまで何も言わない。ある人は一言いうがあとは子供に任せる。
↓
私の場合は準備をきちんとしなさいと怒る。ということを選択することが多いです。
実を言うと選択肢って本当にたくさんあるんです。
でも、ある一つを意識的か無意識的にかは関係なく選択 している。
全てはその選択の連続である。
そして、その蓄積が今の自分と周りの関係を作り出しているのだと。
その選択の一つ一つが今の事実を作り出しているのだと。
続く
お付き合いいただいてありがとうございます。
冷静に自分を見つめてきて思ったことを書いていますが、
昨日書いた怒った背景を伝える作業をするためには自分自身を知らなくていけない。
という、結論に至りました。
どのようなことか。
実を言うと、すべては自分自身が作り出しているんだなということに気付いたのです。
例えば、
子供が学校の準備をしない。
↓
ある人は、準備をきちんとしなさいと怒る。ある人は優しく準備をしようねという。ある人は子供が準備をするまで何も言わない。ある人は一言いうがあとは子供に任せる。
↓
私の場合は準備をきちんとしなさいと怒る。ということを選択することが多いです。
実を言うと選択肢って本当にたくさんあるんです。
でも、ある一つを意識的か無意識的にかは関係なく選択 している。
全てはその選択の連続である。
そして、その蓄積が今の自分と周りの関係を作り出しているのだと。
その選択の一つ一つが今の事実を作り出しているのだと。
続く
以前ブログにも書きましたが
子供を受け入れるということ
私は子供を怒ることはいけないと思っていました。
でもそれって悪いことなのでしょうか?
感情的に怒ることが悪い=感情のコントロールができていない
怒ること=コントロールができない人間
になっている。
怒ることに✖を付けている
なぜいけないと思うのだろうかと。
つまり、感情的に怒ってしまうことで怒った意図が伝わらないのがいけないのではないか?
では怒っても、そのあと怒った背景をきちんと話せばいいのではないか?
結局は子供に気付いて欲しい。
でも伝える手段が怒ることしかなかった場合、きちんと意図を伝える作業をしていく。
それが大切なのではないか。
そうなると、自分が起こった原因をきちんと見つめる必要があることに気付いたのです。
続く
子供を受け入れるということ
私は子供を怒ることはいけないと思っていました。
でもそれって悪いことなのでしょうか?
感情的に怒ることが悪い=感情のコントロールができていない
怒ること=コントロールができない人間
になっている。
怒ることに✖を付けている
なぜいけないと思うのだろうかと。
つまり、感情的に怒ってしまうことで怒った意図が伝わらないのがいけないのではないか?
では怒っても、そのあと怒った背景をきちんと話せばいいのではないか?
結局は子供に気付いて欲しい。
でも伝える手段が怒ることしかなかった場合、きちんと意図を伝える作業をしていく。
それが大切なのではないか。
そうなると、自分が起こった原因をきちんと見つめる必要があることに気付いたのです。
続く