デビュー10周年に向けて、レディオサイエンスファンにどうしても読んでほしいレポートがあるため、アメブロ始めました。
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文字起こし完成しました。
空いてる時間を費やし、四日かかりました
Mさんの文字起こしを読ませて貰ったことがあるけど、読むのと書くのじゃ大違い。大変でしたが、その分できるだけ二人の言葉をそのまま記録に残したいと思ってガンバってみました。
全選択でコピーしようとしたら、「選択範囲が広すぎます」とスマホに言われたので分割コピーで。
BGM→minamo
涼:えっとレディオサイエンスの名前は二人含めて結構スタッフさんも含めてみんなで考えた考えたというか、色んな候補挙げた中の1つなんですけど。
ええとレディオっていうのが、映像のない音の世界。
で、僕たちの音が科学反応を起こして広がっていって欲しいっていう科学サイエンスでレディオサイエンスっていう名前が誕生したってことですね。
迫:しかも字画が凄いいいって。
涼:そうそうそうそうそう、なんか縁起がいいらしいですね。
迫:ラジオ結構聞いてますね。あの海外のラジオとかもちょっと配信とかで聞けたりするんですよ。そういうのからこうインスパイア受けてたりもしてるので、そういう意味でラジオ凄い家にいる時も聞いてる身近な存在でした。
敬兄さん:ボーカルギター宮田涼一とキーボードコーラス祝迫健太郎によるメロウポップデュオ、レディオサイエンス。甘く強く憂いのある艶やかな声、心を揺さぶるような泣きのメロディー、流れるようなピアノの響き。そのファンは10代から50代オーバーと幅広い。なぜ彼らは山形県に来たのか、なぜ彼らはユニットを組んだのか、なぜ彼らは出会ったのか、なぜ彼らは音楽を始めたのか、この番組は今年結成5周年を迎える彼らの過去と現在と未来を繋ぐことで、彼らの楽曲がなぜ我々の心に響くのかを解き明かすものである。リズムステーション特別番組「レディオサイエンスニューミニアルバムHOLAの軌跡
涼:それでも虹が架かるなら(エコー)
[m:72]くちびる星夜フル
迫:それでも虹が架かるなら
(エコー)
BGM→Waiting for silence
迫:相方と出逢う前は、まぁ地元の神戸にいて地元の友達の中にギターやってる子がいて、その子とは二人でユニットを組んで、ほんとに今のレディオサイエンスのような形でライブはくり返しやってましたね。元々、あのーお姉ちゃんがピアノをやっていて、その影響でいつの間にかピアノを弾くようになって、であのまぁ、テレビとかで流れてる大衆の音楽をピアノで弾くのが楽しくて、まぁ僕あんまり勉強は全然出来なかったんですけど、ピアノだけはほとんど毎日弾いていて、ほんとに純粋にピアノを弾くのが好きでした。それもあって、高校の時にまぁ友達と二人でユニットを組んでちっちゃいライブハウスで歌ってましたね。その時はね、僕は半分ボーカルでした。
涼:音楽を始めたのは中学校の時に友達のあのー家に遊びに行ったら、そいつがギターを弾いてて、それを横で見ながらかっこいいな俺も弾きたいなって思って、その場でちょっとギター貸してって言って、その日もう二人でずーっとあの俺がギター弾く練習を見て貰ったというか。そこで音楽に出会ってそんでもうそこからその年のクリスマスには俺はギターが欲しいって言って、そこからちょうど俺が中学くらいの時に選択授業っていうのがあの学校で始まって、でだいたい周りの友達がみんな体育選んでサッカーとかバスケとかやってたんだけど、俺は音楽を選択して、ギターがやりたい先生って言って、であーいいねって言ってくれた先生とそれを聞いてた友達四人ぐらいかなで、5人だけのあの音楽の選択の授業が始まって、そこでなんか文化祭にじゃあ出てみようか、人前で歌ったりじゃあ路上やってみようぜって路上やったりして、で音楽に段々のめり込んでいった感じですね。
敬兄さん:レディオサイエンス宮田涼一、祝迫健太郎、二人が音楽を始めたきっかけは、どこにでもある誰にでもあるありふれたものだった。少年時代、彼らの周りで音楽を奏でている友達はヒーローだった。しかし、祝迫がキーボード、宮田がギターをそれぞれ奏で始めた時、いつしかヒーローは自分達になっていた。
涼:当時、サッカー部だったんですけど、もう補欠で中学校三年生なのに球拾いさせられてるようなあのなんかうまく部活に馴染めず、そこでなんかあの自分の新しい自信を持てるものとして音楽にのめり込んでいって、でそっからは色んな友達とかとストリートやったり、大学の時はロックバンドやったりして過ごしていましたね。二人が出会ったのは、えー僕が大学の時かな。
迫:僕は専門学生でしたね。
涼:そうですね。出会った当時はまだほんとにそこらへんでやってるあのー男達って感じですかね。
BGM→雨音はショパンの調べ
迫:ふふふふふ。
涼:一人は学生。そうだね、音楽の専門学校だし。俺もあのー幼稚園の先生とか小学校の先生の免許をあのとりながらバンド活動してたりして。それこそ、一番最初にえーと音楽のおっきな世界にあの誘って引っ張ってくれたのがフジパシフィックっていうあの会社の社長さんに突然ある日呼ばれるんですよ。宮田涼一くん来いと。
迫:んふふふ
涼:大学4年生か、大学4年生の時の教育実習の最中に突然呼ばれて、あの小学校の校長先生のところに行って実習先の。で、すいませんと。凄く大事な用があるので申し訳ないんですけど今日は早く帰りたいって言って、でそのまんまあのギター持ってフジパシフィックの社長室に行くんですよ。でそこで本格的に音楽を真剣にやっていこうっていう決断をして、それであのソロでじゃあ音楽をやるよりは他に音があった方が自分の音楽がもっと伝わるんじゃないかなーって思って、あの事務所の方に相談したら祝迫健太郎を紹介して貰った。
迫:そうなんですよ、最初はね、あの僕はサポートとして一緒にやってたんで。
涼:そうですね、だから当時こんなことになるとは全く思わず。初めて会った時僕もうほとんどしゃべってないと思うね。
迫:この人しゃべらないんですね、全然。今、今やからこうやってしゃべってくれるけど。最初、「おはようございます。」
涼:なんていうか。
迫:「よろしくお願いします。」「この曲とこの曲やるのでお願いします。」これのみですね。
涼:だからあの、自分の曲を仕事として弾いて貰う人だと思ってたから、そんなにこう気を遣ってしゃべったりも俺できなくて。
迫:その時はね。
涼:その時はまだ二十歳ちょっとぐらいだったから。
当時ほんとにしゃべらなくて、あとから色んな話を二人でするようになった時は、いやー涼一さん、あの時
僕ね超ビビってました。
迫:あはははは
涼:全然しゃべんないんですもんって言われた覚えはある。
迫:かっこええけど、暗くて全然しゃべれへんやんって。その時はね。
涼:やっぱ、一緒に過ごす時はさ音楽の時間が凄く多かったからさ、その私生活がどうかなんてことはさ知らないわけじゃん、
迫:そうですね。
涼:組んでみて、やっぱり寝坊するとかさ、忘れ物するとか、ご飯の食べ方がね、
迫:態度が悪い
涼:マナー違反だとかね。色々こう音楽以外のとこで接するようになってから、あー俺ちょっと失敗したなみたいな。んふふふふ。
迫:あのー本人に言わないで下さい。
涼:うふふふふふ。一緒にご飯食べててなんかやだなぁって。ふははははっ。
迫:ご飯の食べ方からこう教育されてね。
涼:出会ってからも、音楽を一緒にやるってゆって、音で出会ったっていうのが二人は凄くあって。
迫:そうですね。性格的にも元々反対なんですよね。
涼:元々反対。
迫:僕は明るくて、彼が暗くて、彼は真面目で僕は全然真面目じゃない。
涼:チャランポランだね。
迫:あはははは。そんなことないよ。
涼:さっき、ホテルに忘れものしたじゃん。
迫:したよ。大量に2.3個忘れものしてたよ。あのでも、音楽においての相性は凄い最初から良かったですね。
涼:そうそう。あの、俺中学の時からストリートライブをやってて、色んな相方とやってて、ソロでもやってて、多くてもやっぱりあの20人のお客さん、2.30人ぐらいの前でやることがほとんどだったけど、レディオサイエンスであのストリートやろうぜってゆって、
BGM→彩の地上絵
涼:始めた時のあの人の増え方は凄いものがあったよ。
ホントに10人20人じゃなくて100、200って増えてったから。一人でやってた時はあれはね、生まれなかった風景なんだ。
[m:72]彩の地上絵フル
涼:それでも虹が架かるなら(エコー)
BGM→Day By Day
涼:山形に初めて来たのは、2011年のDay By Dayがリリースされてなので5月。
迫:うん。
涼:その時に初めてその山形のお客さんと接したんですけど。
迫:まぁね、それまで僕たち全国のショッピングモールを回ってライブしてましたけど。
涼:うん。
迫:まず、僕たちのことを知っているって言ってこんだけ集まってくれるってまずない。
涼:そうだね。俺らがストリートもショッピングモールも基本的に俺らを知らない人の前で
迫:そうそうそう。
涼:ある意味音楽で振り向かせるってことをやって来た中で、山形はイメージソングでずっと流れてて、初めて待ってる人がいる場所に行って歌うっていうのを初めて経験するんですよね。
敬兄さん:初めて会う山形県の人々。しかし、誰もがレディオサイエンスを知っていた。現役テレビ局のイメージソングアーティスト。何回も何回もストリートライブを行って場慣れしているはずなのになぜか初めての山形のステージでは足が震えた。
迫:いや凄い嬉しかった。だって、一人もお客さんがいないみたいなところから始めるなんてザラやったし。
涼:集めよう
迫:そうそうそう。なんか、レディオサイエンスだぁーみたいな感じで盛り上がってくれてるのはほんとに嬉しかったですね。
涼:その時にCDショップが準備してくれてたCDが目の前で即完して、その場でそれでもあのーDay By Day欲しいってお客さんがまだたくさんいて、その場でCDショップで予約の束が200枚ぐらい出来たんだよね、あの時。それはね、凄いなんか凄いなっなん凄いことが起きてる。
迫:そうそうそうそう。
涼:思ったよね?最終的にあの一年イメージソングやって最後にあの山形テルサ大ホールでさ、
迫:やったねー。
涼:やって、沢山の方に来て頂いて、ソールドアウトと。なんか、やらしい話になって来ちゃったな。ふふふっ。
迫:はははっ。いやーでも僕は最初はすげぇ怖かったですけどね。
涼:怖いよね。
迫:だって俺らね、東京でもそんな規模で今までやったことなかったから。
涼:東京で・・・200とかかぁ?
迫:そうそうそうそう。
涼:当時だと。
迫:そうそうそうそう。しかもそれを平日でしょ?恐ろしくて仕方なかった。でもいざこうステージに立ってみると感動するね。
涼:感動した?
迫:うん、感動した。見たことない景色やったもん。
涼:俺、東京からおばあちゃん呼んじゃったもん。
迫:あーおばあちゃん呼んだんだ。
涼:はははっ。なんていうんだろう、自分たちを待ってくれる人がこれだけいるっていうのが凄い嬉しくなっちゃって。凄いパワーを貰って、なんか怖いとかじゃなかった凄い楽しかった。
迫:あぁ。
BGM→Near Dear
敬兄さん:デビュー以来、レディオサイエンスをバックアップしてきた音楽プロダクション有限会社カウンターサイン。社長兼プロデューサーを務める長恵介は彼らとの出会いをこう振り返る。
社長(長さん):レディオサイエンスってその、二人組のポップスユニットなので、ライブハウスがこう適した場所ではないかなという風に思ってたので、やっぱりなにかこう音楽をこう発表する場所がこう街、街でいいんじゃないかと思って。テレビとかラジオの人とか雑誌の人とかそういうことじゃなくて、お客さんとなんかレディオサイエンスが結び付いたところを見せてそれでレコード会社の人にこう刺さればいいなと思って、スタートしたんですよね。最初にライブハウス、ええと新宿のルイード、K、ルイードK4かな。初めてライブハウスでブッキングしてライブを入れたんですけど、その時あのーサコちゃんだったかな、涼一だったかちょっと忘れちゃったんですが、とにかく二人がライブハウスっていいですねって言って。何で?って言ったら、いや屋根があるんですよねって、結局その今まであのストリートでやってる時って屋根がないから、あの涼一もサコちゃんももちろんお客さんももうある時はもう当然雨がよく降るアーティストなんで(笑)雨の中やってたり、雨が降りだしたら、楽器をどっかにこう避けたりとかそういうことがなく、あのホントにこう屋根があるから雨が降ってもお客さんも安心して見に来れるし、二人もなんか色んなこと気にしないで音楽をやれるっていう、ちょっと切なくなったんですけど、ちょっとうるっと来ながらもなんか色んなものが駆け巡ったってえー思いました。
涼:あのーイメージソングが終わって、じゃあそのあと俺ら山形まだまだライブしに行こうって言って、山形ツアーってやったよね?色彩って。
迫:あー4ヶ所ね。
涼:山形4ヶ所ワンマンライブで回るっていう。
迫:縦断ツアーって言って。
涼:そうそうそうやって。テルサをやって、そのあとに待ってくれる人がまだいる。その人に会いに行って。
迫:なんかこう縦断ツアーとかをやると余計山形のことが好きになりましたね。
涼:ある意味こう、ほんとにレディオサイエンスとレディオサイエンスの音楽が好きな人たちが冬には山形は文翔館でライブをやり始めて。
迫:あそこは素敵な場所だよー。
涼:初めて行った時にさぁ、凄いうわぁスッゴいとこあるんだぁって思って。で、やっぱり、あぁいう場所はさぁ、アコースティックでやろうって。
迫:しびれるよーあのアコースティックはさぁ。文翔館ライブで、一曲目ピアノソロから入るみたいな時とかあって、しびれたもんね。だからこうその緊張をちょっとどうにかしようと思って、被りもんつけて行ってね。
涼:サンタとかトナカイのね。クリスマスだもんね、毎回。
迫:ジングルベールってこうなんか軽快に来たと思ったら脱いでピアノソロみたいな(笑)
涼:いやなんだろう、あの建物はね緊張する、
迫:うん、なんかする。
涼:なんだろうねお客さんも緊張してるもんね、なんか。
迫:してるしてるしてるしてる。あんな場所でライブ見ることもないもん。俺らもすることもないやろうけど。
涼:たぶんだって、クラシックをやる場所だからね。
迫:うんうんうん。
涼:だから、あのこう神聖なというか、厳かな。
迫:そうそうそう、しかもまたこう冬やから雪も降るから。
涼:綺麗だよねー。
迫:また似合うんだ文翔館と雪が。
涼:それをぶち壊す迫さんの被り物(笑)
迫:それはいいんだよ、さわりやからいいんだよ。
涼:今年もやりたいし来年もやりたいしね。
迫:うん。
涼:ぜひぜひね。
迫:なんか山形はね、やりたいって思う場所がいっぱいあるよね?いっぱいある。
涼:そうそうそう。
[m:72]十二星座ライブver.
迫:それでも虹が架かるなら(エコー)
BGM→逢いたくない
敬兄さん:2015年7月8日、レディオサイエンス2ndアルバムHOLAリリース。今作には、安全地帯、氷室京介を始めとして、工藤静香、中森明菜、坂本冬美など膨大なヒットソングを手掛けて来た作詞家松井五郎、そして山下久美子、渡辺美里、夏川りみなどへの楽曲提供で知られる作曲家亀井登志夫の二大クリエイターによる書き下ろしの新作が加わった。しかし、アルバムのタイトルチューンは二人が時間をかけて紡いできた思い出の一曲だった。
涼:今年で五周年で、あっという間の五周年かなぁ。
迫:その一瞬一瞬一生懸命やっていったらいつの間にか5年っていう感じなので全然長くはなかったんですけど、ただまぁ涼一さんとの二人の仲は凄く深まったと思ってます。
涼:ふっふっふっふ。今年はあの凄く今までやったことがないことに色々やろうって話をして、それこそ山形で新年会ライブっていうのやったじゃない?
迫:うんうんやったね。
涼:あのいわゆるファンの人たちと一緒に新年を祝おうよって言って。あと春先ぐらいから、2ndミニアルバム「HOLA」を作り始めたじゃない?
迫:うんうん。
涼:それこそ、「HOLA」って曲はさ、1stアルバムの「umbrella」の収録曲として、メロディーだけだったけど挙がってて、ただ歌詞がしっくりするものが出来なくて眠っていた曲で。で今年色んなことをやろうぜって言って、自分たちをこうカッコイイ音楽をやりたいとか、自分たちのカッコイイ瞬間を見て欲しいとかっていうことじゃなく、なんかもっとこう自分たちらしいこととか、自分たちが隠して来たことっていうこととかが、この曲ではまぁ自分たちっていうか俺かな、俺の歌詞として、あのー自分があんまり言葉に歌詞にしなかったことが込められて、それで今年に入ってからようやく完成した何年越しの曲ですね。
迫:まぁ五周年迎えてその歌詞を見た時に、なんか自分らしくていいんだって、形じゃなくて自分らしさを出すことが形なんだっていうことを凄いこう再認識したんですよね、その歌詞を見て。だから、凄い救われた感じがしました。それで五周年に向かって自分らしさをどんどん出していこうって、開き直っていこうと思えた曲になったので。
涼:うん。
迫:その曲を自分たちで、やり出してライブでもねやり出してからは、ほんとになんか自分自身もこう開き直って、楽しくより楽しくライブやれてるなって感覚ではありますね。
涼:新しいあのー挑戦をたくさんしながら、やっぱり裏では自分たちらしさとかさ、こう悩んだりもしてるじゃない?かなり。
迫:うんうんうんうん。
涼:今年の始めとか。五周年で俺たちは五周年っていう大きな年にさ何やる?って結構悩んだりもしたんだけど。「HOLA」が出来た時ってさ、かなり結構二人ともあのー悩んで追い詰められてたというか、壁が無かったし、壁なら乗り越えればいいと思ってさ、今まで色んな壁にぶち当たる度にさ、壁を乗り越えて来たんだけど。
BGM→HOLA
迫:そうそうそうそう。
涼:五周年でもっとこうおっきななんていうんだろう、凄い先の何をやったらいいか乗り越える壁すら見えないっていう瞬間があったじゃない?今年。
迫:あった。
涼:その時にこの「HOLA」が出来て、ちょっと泣いたよね?あのー歌って聞いて、なんかちょっとうるっと来てたでしょ?俺のギター1本で聞いた時。
迫いえいえ、そんな。
涼:ちょっと泣いてたでしょ?
迫:いえいえ、そんなことないよ。
涼:ふっふっふ
迫:やっぱ、感動はしたけどね。
[m:72]HOLAフル
涼:それでも虹が架かるなら
(エコー)
BGM→Cocoa
敬兄さん:ボーカルギター宮田涼一、キーボードコーラス祝迫健太郎レディオサイエンス。男性二人のユニットは時に親友で時にライバルで時に兄弟だ。
迫:19の頃に相方と出逢ってそっから一緒に組んでいたんですけど、最初はとにかくね、音楽のこともそうなんですけど、音楽以外のところで凄いこう教育を熱心に受けましたね。あの、というのも僕があんまりというかかなりしっかりしていなかったので、まぁ。約束を守らない、食べ方が汚いとか、色んなことをね1つ1つ注意を受けていたので、最初はなんやねんこの口うるさい兄ちゃんはと思いながら一緒にやってたんですけど、それがこう年を重ねるごとにその頃教わってたことって凄く大切なことやったんやなって思い直して、なんかねやっぱり真面目なんですよね、彼って。
で、凄いこう几帳面なので、それがこう音楽に対しては凄く出ますね。あのだから、細かいところまで一切妥協なく考えるので、そこが僕にとっては凄い刺激でしたね。なので凄いいいパートナーです。そうですね、相方の詞はドラマチックなんですよ、凄く。で、脳内で凄い風景が出てくるんですよね。だから歌詞を見た時にその情景をそのままピアノに出せるっていうか。そこまですっとこう入ってくれる歌詞ってなかなかないんやろなと思います。でも、なんやろ相方って、ただこうドラマチックで爽やかな感じなだけじゃないからちょっとこうまぁ劣等感だったり、まぁ人より暗い気持ちやったり、そういうのを歌詞にちりばめられてる時はなんかテンション上がりますね。なんか、おんなじようにこう自分も思いながら演奏するっていうのが、自分とはまた違うんですけど、なんかそれがなんか入ってくるんですよね、その時の相方の歌詞から感情が。それをこういつの間にかそれに一緒になっておんなじような感情になってライブで演奏してるのがやっぱりずっと楽しいですよね。これからどんな二人になっていきたいですか?って色んなところで質問は受けるんですけど、まぁその度にね、東京ドームでライブやりたいですとか、大きなところでライブやりたいっていうのは常に目標にしてやってるんですけど、なんかね僕の夢は相方がおっきなホールで気持ち良く歌ってるのを後ろでピアノ弾きながら見たいから大きなホールにいきたいなと思って。絶対幸せそうに歌ってると思うんですよね。お客さんも幸せそうな目で見てる。その情景を見たいがためにレディオサイエンスで二人で一緒にやってるのかもしれない。
涼:サコちゃんは、あのまぁ3個下なので、かなりあのなんていうんでしょう、やっぱりお兄ちゃん、俺がお兄ちゃんでサコちゃんが弟でなんかなんとなくこう気を遣ってるところはあるのかもしれないですけど。凄い一生懸命なところは凄いなと思ってて、それこそあのー結構あの無理な要求を音楽的にもあのーしてるんですけど、それを絶対NOって言わずに時間をくださいって言って。
BGM→それでも虹が架かるなら
涼:次の時に必ず出来るようにしてくるのは、やっぱ凄いんだなと思いますね。だからこっちもかなり要求がどんどん上がって今もいってて、なんかそういうとこで衝突というか、なんだろわがままを言い過ぎちゃうとこ俺はあるのかもしれないんですけど、なんかその俺のわがままを常に叶えて来てくれたのはサコちゃんだからなのかもしれない。レディオサイエンスの未来は、先のことを物凄く考えたことがないんですけど、グループとしては。ただあの俺自身はいつも武道館なりドームでやる気持ちで、どんなにあの小さな場所でも歌うようにしてて、でその夢見てる大きな大きなステージには彼にいて欲しいなと思ってるかな。あのレディオサイエンスそしてボーカルの宮田涼一が一体どんなこう魅力があるのか全然僕にはまだわからないんですけど、ただあの自分が信じてる周りのスタッフさんとか、あの目の前にいるお客さんが自分を信じてくれるから、あの僕は今日も明日もあの全力で歌い続けられるんだと思ってます。なので、実は弱っちくて、えー自信も全然なくて恐がりな僕ですけど、みんなが信じてくれる限り僕ずっと歌いますので、えー愛と感謝を込めてこれからも音楽をずっとお届けします。ありがとうございます。
敬兄さん:何回だってこの手を 何回だって伸ばすよ ベランダから見た虹の先へ 永遠だって探したい 雨上がりの空が 腕を広げてる。レディオサイエンス、彼らのゴールはまるで虹の足元を追いかけるように進んでも進んでも届かない遥かなる未来にあるのかもしれない。
[m:72]それでも虹が架かるならフル
涼:それでも虹が架かるなら(エコー)
BGM→HOLA
敬兄さん:特別番組レディオサイエンスそれでも虹が架かるなら
ニューミニアルバムHOLAの軌跡。出演レディオサイエンス、宮田涼一、祝迫健太郎、製作FM山形、ナビゲーターは、岩崎敬でお送りしました。
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