- 前ページ
- 次ページ
「ごめんね、かおりちゃん」
で育った私ですが、私は、きっと、身内に留まらず、沢山の人に愛されて来たから生きています。
母乳にありつけなくても、参観日にたったひとりで図工をしても。運動会で一等賞をとれなくても‥
私は、私以外の多くの人間に愛され続けたからこそ、今があるのです。
私の命は、私ひとりが頑張ったから得たものじゃない。パパとママが仲良しで‥私を拒まずにこの世に産み落とし、受け入れた。
この世に生きている多くの人は、私という命を拒まず、支え導き、慈しんでくれた。だから、生きている。
生きているものは、みな、自他共に愛された証。
まんま、「愛の結晶」です。この世に泣きながら生まれてくる‥眠るように死ぬ。
どんなに辛くても、どんなに思い通りの(理想の)人生じゃなくても‥生きているというだけで、意味があり。役割を果たしている。生きるものは、みな偉い。
負けるな
負けるな
負けるな。
で育った私ですが、私は、きっと、身内に留まらず、沢山の人に愛されて来たから生きています。
母乳にありつけなくても、参観日にたったひとりで図工をしても。運動会で一等賞をとれなくても‥
私は、私以外の多くの人間に愛され続けたからこそ、今があるのです。
私の命は、私ひとりが頑張ったから得たものじゃない。パパとママが仲良しで‥私を拒まずにこの世に産み落とし、受け入れた。
この世に生きている多くの人は、私という命を拒まず、支え導き、慈しんでくれた。だから、生きている。
生きているものは、みな、自他共に愛された証。
まんま、「愛の結晶」です。この世に泣きながら生まれてくる‥眠るように死ぬ。
どんなに辛くても、どんなに思い通りの(理想の)人生じゃなくても‥生きているというだけで、意味があり。役割を果たしている。生きるものは、みな偉い。
負けるな
負けるな
負けるな。
こんばんは。
題の通り、私の本名は「かおり」です。
ありふれた名前ですけど、字に書くと、結構珍しい字を書きます。同じ字の「かおり」には出会ったことが有りません。
さて、「ごめんね、かおりちゃん。許してね。」
とは、何のことでしょうか?
‥。これは生後数ヶ月で、母親と、母方のお祖父さんに言われた言葉です。
さかのぼること、私の出生時。
私と約20日違いで後に生まれた従姉妹の母親が、出産後間もなく入院しました。従姉妹は母の実家へ置いて行かれました。(本当、預けたんじゃなくて、置いて行かれたようです。)
粉ミルクを飲ませていなかった従姉妹は、当然、母乳しか口にせず、粉ミルクを嫌がりました。日に日に、目に見えて弱って行ったのです。
お祖父さんと私の母親は、同じく生後間もない私に、「かおりちゃん、ごめんね。許してね」と言って、母乳を従姉妹にあげました。だから、当然、私の分の母乳は出ず‥私は粉ミルクを飲んで育ちました。
程なくして従姉妹の母親が退院。すると、入れ替わりに私の母親が肝臓を患い入院。私は母乳にありつけないで育ったのです。
その後も、私には、「ごめんね、かおりちゃん」がつきまといます。
母親参観日に参観できない、母。
重度知的障害者の弟が出来てからは、「ごめんね、かおりちゃん」はエスカレートして行きました。
弟の、病院。
弟の、治療院。
弟の、動作訓練。
弟の、動作療法。
弟が、熱を出した。
ことあるたびに、「ごめんね、かおりちゃん。でも、わかるよね。」って、ママは言いました。パパは、興味がありませんでした。
「ごめんね」は、私の中に、悪い意味で我慢するように染み込みました。それは自己犠牲‥自責の念‥
「ごめんね」って言われると、反射的に「いいよ、大丈夫。」と言ってしまう‥本当は、全然大丈夫じゃないし、「もっと私を見て」「私のこと認めて‥」って思っている。でも、ごめんねって言われたらいいよって言うように育ってしまった‥
題の通り、私の本名は「かおり」です。
ありふれた名前ですけど、字に書くと、結構珍しい字を書きます。同じ字の「かおり」には出会ったことが有りません。
さて、「ごめんね、かおりちゃん。許してね。」
とは、何のことでしょうか?
‥。これは生後数ヶ月で、母親と、母方のお祖父さんに言われた言葉です。
さかのぼること、私の出生時。
私と約20日違いで後に生まれた従姉妹の母親が、出産後間もなく入院しました。従姉妹は母の実家へ置いて行かれました。(本当、預けたんじゃなくて、置いて行かれたようです。)
粉ミルクを飲ませていなかった従姉妹は、当然、母乳しか口にせず、粉ミルクを嫌がりました。日に日に、目に見えて弱って行ったのです。
お祖父さんと私の母親は、同じく生後間もない私に、「かおりちゃん、ごめんね。許してね」と言って、母乳を従姉妹にあげました。だから、当然、私の分の母乳は出ず‥私は粉ミルクを飲んで育ちました。
程なくして従姉妹の母親が退院。すると、入れ替わりに私の母親が肝臓を患い入院。私は母乳にありつけないで育ったのです。
その後も、私には、「ごめんね、かおりちゃん」がつきまといます。
母親参観日に参観できない、母。
重度知的障害者の弟が出来てからは、「ごめんね、かおりちゃん」はエスカレートして行きました。
弟の、病院。
弟の、治療院。
弟の、動作訓練。
弟の、動作療法。
弟が、熱を出した。
ことあるたびに、「ごめんね、かおりちゃん。でも、わかるよね。」って、ママは言いました。パパは、興味がありませんでした。
「ごめんね」は、私の中に、悪い意味で我慢するように染み込みました。それは自己犠牲‥自責の念‥
「ごめんね」って言われると、反射的に「いいよ、大丈夫。」と言ってしまう‥本当は、全然大丈夫じゃないし、「もっと私を見て」「私のこと認めて‥」って思っている。でも、ごめんねって言われたらいいよって言うように育ってしまった‥
