あの日、東京の空はどんよりとくもっていた。

 

二十歳になったばかりの私は、二歳上の姉と初めて山の手線代々木駅に降り立った。

昭和四十七年四月。代々木の駅前には、

大手予備校の校舎があり、若者たちであふれかえっていた。

 

姉は東京の短大を出たあと、実家に戻り、二年間の勤務で資金をしっかり貯め、代々木のインテリアスクールに通うことになっていた。

私はお茶の水に本店のある銀行に就職が決まったので、二人で住める部屋を探すことにしたのだった。

 

駅を出てすぐ左側の、「鷲津不動産」と書かれた看板が目に入った。がっしりした建物で、地続きの隣は大きな蔵のある質屋だった。

「 まず、ここからね。」

姉がそう言って不動産屋の中に入って行ったので、私はその後ろに不安な気持ちで続いた。

正面に木のカウンターがあり、簡単なイスとテーブルが一組置いてあった。

窓や壁には、「四帖半一間陽当り良し」とか「六帖一間東向き」とか空室のはり紙が、所せましとはられている。

 カウンターの奥に、小柄で眼鏡の奥から鋭い眼をこちらに向けている老婆が座っていた

 

幼い頃から器量良しを自他共に認めている姉は、物怖じするでもなくっすぐにその老婦人の前に近付いた。

「私たち姉妹は、 駅からなるべく近い場所に六帖ほどの部屋を探しているんですけど.....。」

 

老婆は、ずらしていた眼鏡をしっかり目の中心に移すと、三人を上から下まで値踏みするようにジロリと見てから、

「あんたたち、出身は何処?ご両親は健在なの?」と、聞く。

鷲津君江という彼女の名や境遇は後から知ったのだが、年齢は六十代後半から七十代前半というところで、

ひとり娘が出奔し、残された二人の孫娘 のめんどうを見ながら、商売をやっていた。

「両親は健在で、静岡県三島市に住んでいます。 父は町工場を経営し、

私はインテリアスクールに四月から通う予定で、妹は銀行に就職が決まっています。」

姉がしっかりと答えると、君江も安心したのか、小さな目の奥の険しい光が和んだように見えた。

「もし良ければ、ここから歩いて五、六分の所に、私の家があって、二階が空いているから、案内してあげるけどどうでしょう。」

 

厳しい顔から一転して、君江は柔和な笑いを浮かベて言った。

店の前で、数分待つと、君江は黒い重そうな鉄の錠前で入り口に鍵をかけ、私たちを促して自宅へ向かった。 

 

細い路地を曲がりしばらく行くと、駅前の喧騒が嘘のように、昔ながらの一軒家が建ち並ぶ開静な住宅街になった。

格子戸を開けて古びた家に入る君江を、姉妹はうす暗い玄関の前で見送った。

すぐに出てきた老婆は二人を中に招き入れる。

広い玄関の両側には、孫娘たちのカラフルな靴が置かれ、下駄箱の上には花が活けてあった。