屈折の多い人生を送って来た 屈折に挫折、トラウマのフラッシュバック。そんなものに埋められた人生を振り返ると自然に暗い気持ちになってしまう。鬱々とした気持ちで過ごすことが実に多かった。

 

 けれどそれをやめることに決めた。思い出なんて、編集次第でいかようにも変えられる。思い切り都合よく、良いとこだけ切り取ってつなげていく事にした。暗い部分ばかり繰り返し再生していても良いこと一つもないのである。どうせ振り返るなら明るい方を見よう。
 

 心境の変化のきっかけは先日の事、毎度のことながら沈んだ気持ちを持てあまし、かかりつけの漢方医を訪ねた折、気分が滅入っていることを伝えているうちに不覚にも涙がぼろぼろこぼれた。子供じゃあるまいし、こんなに泣いてお恥ずかしいと言ったら、先生が言った。「人生生きてれば幾つになっても辛い事や苦しい事があるでしょう、病院に来てまで無理して元気なふりしなくてもいいんだよ」ちなみにその先生は90歳になられる人生の大先輩。優しいお言葉に、更にオイオイ泣けてしまった。そしてその晩、処方して頂いた漢方を飲んで寝て、朝起きたら心の中に変化が起きていた。振り返るなら楽しかったことを。そして唱える。私の人生は明るくて快適だ。ありがとう。

 

 還暦近くなると行く先々でお世話になる方々はほぼ全員自分より若い。そんな最近だが、30年以上も長く生きてきた先輩に、辛い気持ちをしっかり受け止めてもらえたことは、とても大きい。絶妙のタイミングで絶妙の対応だった。あとは心のスイッチ切り替えだ。

 

 トラウマを抱えた人間は、苦しい事や嫌な事の方を優先的に思い出しやすい傾向があるが、そこを切り替えていく必要がある。切り替えの一工夫として、味覚を利用することを思いついた。味覚の思い出は鮮明で、頭の中の記憶だけでなく、身体の記憶でもある。母との関係に最後まで悩んだし、子供の頃から母の料理が嫌いだった。しかしよーく思い出してみると、好きなメニューも幾つかはあった事を思い出す。その味を詳細に思い出すと、その料理を味わっている時の幸福感を思い出せる。不幸一色と思い込んでいた子供時代の記憶の中にもそんな幸福なひとコマがあったのである。

 

 どうせ過去を振り返るならそんな幸せな時間を切り取って特別編集バージョンを再生しよう。そしてその思い出に感謝する。今の自分を温めてくれるささやかな思い出の存在に深く感謝する。そんな心境になってみると、これから先の未来にだってきっと良い事があるはずだと思えてくる。不安に苛まれなくたっていい。良い事も嫌な事もあるのが人生で、どちらをより深く味わうか、だ。90歳の先生の言うように、幾つになっても人生生きていれば、辛い事や苦しい事があるのだ。時には泣いたっていいし、泣いたあとは涙を拭いて心地良い場面こそ自分の体験として振り返ろう。そしてそんな体験を与えられる運命と出会いに、すべてのものに感謝しよう。

 

 それにしても90歳先生の神対応は素晴らしい。人を変える力があった。発せられた言葉以上に、言っている先生の人格の厚みと内容がそうさせる。自分には30歳以上も年下の若い人達のお悩みを、適切に受け止めて昇華してあげられる度量があるだろうか。いつしかそうなれたらと思うが、まだまだである。まあ人生はいつでもいつまでも修行中ということで。

 

 さて、そろそろお茶にしましょうか。