こんにちは!

kaoaiiです

 

ブログに久々に戻ってきました。

書いていない時間、自分と向き合っていました。

 

今まで、色々ブログに書いてきたけど、自分の殻というものを深く追求しながら

私は一体何に縛られているのか、と問い続けてきました

 

玉ねぎの皮のように何層にも何層にも重なりあって、私に纏っている思い込みの鎖

 

これからも怖さとか、抵抗とかは消えないんだろうけど、「あっていい」って自分で認めることが大事

 

私もこんなブログを偉そうに書いてるけど、

自分と向き合って、これから更に自分を大切に、私は私でいいと思える人生にすると心に決めて

少しずつまたアウトプットしていこうかなと思っています

 

最近の私の気づきはね、

 

「評価という鎖」

 

この評価という鎖が自分の中で本当に大きな存在だと気付いた

 

私はどこかで、いい人に見られたい、すごい人って思われたい

みたいなことを無意識的に思っていた

(今だから気づけた)

 

本当の自分を出すということ=周りにどう見られるか?を優先していた

無意識に思っているから、周りにどう思われるか?というのも言語化できないくらい自然だった

 

これって、今までの教育も関係していると思う

学生の時は、学力で評価されてたし、生活態度やどんな活動していたかということも

全部通信簿で評価されていた。

 

社会人になると、お客様や上司に評価される立場になり、給料は周りが評価した結果、

仕事を頑張っている、頑張っていないというのは本人の解釈ではなく、周りが判断すること

という教えをずっとされてきた

 

学生の時も社会人になっても、最近までこのことに何の疑いもなくそう思い込んでいた

 

しかし、何かがおかしい、何か苦しい、と感じ始めた。

素直に自分の心に耳を傾ける時間が増えてきた

 

そもそも自分の心に耳を傾けることすらしてこなかったから

どう自分の心に素直に聞いたらいいかすらもわからなかった

 

だって、今までやってきたことないことはすぐにはできないから

 

SNSや本、いろんな講座では、

 

【あなたは、本当はどうしたい?】

 

と問われることも多かった

 

だけど、出して見るものの、、、

これって私が本当に望んでいることなの??

ここにも、誰かから見られたら、知られたら、どう見られるかの評価入ってない??

 

やっているつもりでも、それが本当に思っているのかどうかさえもわからない

 

今までの思考の癖って強い

 

当たり前だよね、

40年以上生きていれば、40年分のことが学習されていて身体に染みついている

日々、毎日の積み重ねで継続され、習慣化されて、習慣化されたことは自分の当たり前になる

 

当たり前=何の疑いもなくなる

 

でも、これに気付けたのってラッキーだと思っている

もちろん、もっと早く気づいていたらいいと思うけど、これから100年時代と言われている中で

まだ半分に到達していない、むしろこれから笑

 

気付けたら、少しずつ変化していけばいい。

気付いた時点で変われるチャンス!!

 

そう思って今もいろんなことにチャレンジしてる

 

また、ゆっくりだけど、ブログを書いていきます

 

わかる!という人がいたらコメント入れてもらえると嬉しいです(^^♪

 

最後まで読んでくれてありがとうございました!