関東交通航空管理局

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協会別館です。自動車・鉄道・航空・軍事などのネタを載せていきます。

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世界遺産で有名な広島県の宮島。

島を散策していると、消防署を見つけました。


廿日市市消防本部の宮島消防署です。

観光地と言うこともあり、広さもそこそこ大きい規模の島なので、立派な消防署です。



▲宮島の消防署



見慣れない救急車があります。

NV350の救急車です。




ピカピカです。

奥に「宮島救急2」と記載された2Bのトヨタ救急車がいますので、こちらが1号車の模様です。


赤色灯はバンパーこそ赤色のLEDのものですが、屋根上のそれはクリア―のフラッシュライトで精悍でかっこいいデザインです。




▲宮島消防署の救急車



消防年報(文末参照)を見る限り、H25年度には入っていないので、H26年度に導入されたばかりの車両のようですね。

確かにネットで検索してもNV350の救急車は例があまりないようで、あっても病院などで消防機関に納入されたもののようです。

導入されたてのところを捕獲することに成功したようです。




▲前面より



そういえば前任は高規格救急車とのことですが、この車両の規格と運用が気になるところです。


パラメディックとしてのデビューが未だないところで少し残念な同車ですが、今後増えてくるであろうこのような存在に期待しましょう。




<参考>


廿日市市消防本部 : 消防年報







上野東京ラインこと東北縦貫線の開業を控え、密かに慌ただしい上野界隈です。


松戸に所属のE231系のラインカラーに変化が見られたと少し前からファンを驚かせていますが、当該のマト111編成が目の前に現われましたので載せてみます。


111編成は5連の137編成と組成されていました。

上写真でも若干帯色が従来と違うのが確認できますが、帯色が分かりやすい連結面に行ってみましょう。



▲先頭車連結部。帯色が左右で異なるのが確認できる



写真ではよくわかりますね。右が111編成ですが、左の137編成と比べて先頭に入る下段の帯色が、若干深い緑に変わっています。


また、私も実車を見るまで勘違いしていたのですが、変更されたのは先頭車のうちのさらに先頭部で、FRP製の白い縁のところまでしか変化がありませんでした。

編成全体で変わっていたのかと思えば、違いましたね。



▲今後も同様の変更が増えていくのだろうか



この変更が何を意味するかは不明ですが、時期からして上野東京ライン開業を見越してのことなのでしょうか。

今後の松戸の同形式に注目です。








土保協の呟きでいくつかRTされましたので、資料としてまとめてみたいと思います。



現在、鉄道博物館では高速鮮魚輸送貨物車として知られるレムフ10000系の車掌室の公開を行っています。

先日伺ってきましたのでまとめてみましょう。



▲鉄道博物館の掲示。EF65-500番台が牽引するとびうお号が写っている



そもそも鮮魚貨物列車ってなんなのって話なんですが、その名の通り傷みやすい鮮魚を輸送する貨物列車です。

トラック輸送の進展を背景に、1960年代の国鉄が打ち出した対抗策が、貨物列車の高速化です。

九州、中国地方の新鮮な鮮魚をより速く東京の市場へ輸送できないか。

当時の主流であった操車場式と呼ばれる運行形態と貨車の性能では困難だった訳ですが、それを打ち消すべく誕生したのがコンテナ貨物車コキ10000系列の血を引く、レサ10000系列です。

このうちレサの車掌室設置車両がレムフ10000です。



▲主要運搬品はふぐ、かき等の高級鮮魚類であった



まだ蒸気機関車も残っていた時代、貨物と言えばコンテナ車のほかにも2軸の小さな貨車が多数とろとろ走っておりました。

そんな中登場した10000系、装備が段違いです。

高速化のためにエアサスを奢り、ブレーキ装備には電磁自動空気ブレーキを採用し制動性能を強化することで、最高100km/hという高速走行を可能にし、当時としては卓越した性能を誇るエリート貨車なのでした。



▲専用牽引機で知られるロクロクことEF66直流電気機関車


このように、性能が特殊なために装備も特殊で、連結器にブレーキ・エアサス供給用の空気管を装備するため列車は同系列での組成を行うのが基本でした。そうでないと性能を生かしきれないためです。

似たものとして同時期に製造された20系寝台客車があります。あちらもスペックはほぼ同等です。



▲EF66の連結器四隅に設置されている専用の空気管



列車の実際の運用もハードかつスーパーエリートで、鉄道博物館の記述によりますと下関~汐留間を17時間で結んでいたといいます。

1000km強ある同区間ですから、平均60km/hで走っていたことになります。当時の貨物列車としては相当早いのではないでしょうか。

関東行がとびうお号・関西行がぎんりん号という愛称が付けられていました。とびうお号は5050という列車番号で知られていますね。

遅延時等には、積荷の重要性と走行距離から「何としても市場まで到着させろ」と優先して通過させたという話も残る列車です。

ちなみに、SRCはさらに段違いなのであえて書きませんが、旧国鉄の民営化後に運行を開始したスーパーライナーでは、最高時速110kmを誇り、ある列車を例にとると平均70km/h弱程度で走り切っています。



▲高速貨物列車誕生を誇示するヨンサントオの際のポスター



そんな国鉄貨物輸送の一時代を築きあげた名車の車掌室に入ってみましょう。



車内に入ると鎮座しているのが石油ストーブです。

エアコンがない当時の列車には必須です。


▲石油ストーブが鎮座する室内


写真右側にあるのがメインのデスクで、ここで事務作業を行うことができます。

説明員曰く、「当時の乗務時間は4~5時間だったというが、正確な記録が残っていない」とのことです。


石油ストーブは丁寧に使い方の解説が記されています。


▲石油ストーブ使用方法の掲示


奥に行くとストーブの燃料タンクと各種ブレーカが収められた分電盤がありました。

脇にはストーブ送風機のスイッチも見えます。



▲ストーブの燃料タンクと分電盤


上写真の左側にトイレがあります。

まさかと思いましたが見せてもらえました。

トイレはいわゆるボットンで、タンクはなくそのまま下に落下するタイプのようです。

「(当時の乗務員は)用を足す際には気を遣った」と説明がありました。




▲レムフ10000のトイレ


車掌車ですので、列車が異常をきたし停止した場合には、後続列車に危険を示すべく信号炎管を発報させます。

こちらがその紐です。けっこう目立ちますが、緊急時用ですのでこういう設置なのでしょう。


赤い先端部を引っ張ると、両脇の鉄の棒が押さえから外れ、炎管が作動するアナログな仕組みです。

引っ張っていいというので引っ張ってみました。

結構軽かったですが、現役当時はもっと重かったようです。簡単に作動してはいけないですからね。



▲信号炎管の動作紐。赤い取っ手が目立つ



奥のトイレ方から車端部入り口を見てみます。

手前の紐が炎管、奥の赤い紐が非常ブレーキだそうです。こちらも引っ張ってみました。

扇風機も付いていますが、窓は網戸にもなるため、夏場も地獄ではなかったのかもしれません。



▲車端部を望む。小倉工場での復元工事の銘板もある



なんとこの車両、ほぼほぼ引退時そのままで納車されたようで、信号炎管は抜かれていなかったり、ストーブは石油臭かったり、灰皿もカスが入ってたりしたようです。
「整備に合わせて若干清掃はしているが、基本的に引退時そのままです」とのこと。何とも嬉しい限りですね。



説明員の方も「初公開なのに全然人気がないんですよー」と嘆いておりました。

このような貴重な名車の車掌室、下記日程で公開していますので、興味がある方はぜひ行ってみてはいかがでしょう。



<開催時期>
平成25年11月2日(土)~平成26年1月13日(月)
平日14:00~15:00
土休日12:30~13:30、15:30~16:30

<開催場所>
ヒストリーゾーン1F レムフ10000形式

<料金>
無料(入館料のみ)

※車掌室内へのご案内は3分間の入替制と致します。
※定員:各回先着20組

東京は大手町界隈の東京都水道局中央支所に、クラウンのバンが置いてあります。

水道局は事故・災害時に備え緊急車両登録をしている車両が少なからずあります。

アンテナが抜いてありますが、第一線を退いているのでしょうか。


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メッキバンパー、メッキホイールキャップ、メッキフェンダーミラー、セドグロバンと2極となっていた大型商用バン代表格の130系もめっきり見なくなりました。

業務用車然としていた当時までの車両たち、今でも役所の脇にあるとうれしいものです。


大宮に入ってくるウラ109編成を見てびっくりです。

車両下部から赤いレーザーが照射されていました。



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▲当該のウラ109、T1209下部


何かと思えばモニタリングとの記載があり、これらの機器で走行中に線路状態の監視を行っているようです。



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▲下部の機器。レーザー照射装置とケーブル類が確認できる



写真では赤い光がよく見えませんが、走行中はジリジリとよく光っているのでわかります。

MUEトレインで装着されて試験されていた技術と別サイトにて言われていましたが、同車は営業用車両を用いた計測装置の開発ということが試験テーマの一つであり、こちらがそのフィードバックのようですね。


この機器は5月に付いたばかりのようですが、今後も過密運転路線を中心に計測システムを搭載した車両が出てくることでしょう。




じわじわ見かけるようになってきたNV350です。


結構前のキャラバン時代のシェアを取り戻せる訳ではありませんが、緊急自動車界でもちらほら見かけるようになりました。



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▲東京ガスの応急復旧作業車


精悍なマスク、赤い灯火ともなかなか合います。


そういえば、こいつのワイドボディーが出たわけですが、パラメディック後継車開発の話は聞こえてきません。

期待しているのですが・・・





マザー牧場です。


牛舎の脇にバネットがいました。


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滅多に見なくなったこの顔、牛舎からひょっこ顔を出した姿がお似合いです。


MT車がなくなっていくこの時代、ナンバーなしの旧世代トラックたちが田舎の畜産施設から消えていくのも遠くはないのでしょうか。

某病院保有のハイメディックです。




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初代のUZH130系と呼ばれるモデルです。滅多に見なくなりました。


その名の通り、セルシオと同形式のUZ型V型8気筒を搭載していました。

グリルのV8マークはクラウンからの流用でしょうか。これは飾りではないのです。


フロントの赤色回転灯のデザインなど、特装車にしては凝った外観です。このデザインは後継のVCHにも受け継がれています。


どのような経緯での導入かは、恐らく払下げの車になるのでしょうが、美しく残る貴重な個体、末永く活躍してほしものです。