心肺停止になってからずっと病院の人工呼吸器を使っていたけれど、気管切開の手術をしてこれまで使ってたトリロジーに変えれそうだから持ってきてくださいと言われるまで安定した。
手術の傷も最初は少し膿んでたけど、だいぶ良くなってあとはYガーゼの交換の仕方を覚えれば大丈夫と言われた。
導尿より簡単だからきっと大丈夫だと思いますよと。
術後2週間が経って呼吸器をトリロジーに変えた。なんの問題も無くむしろ調子が良かった。
いつも明日何時に来るか聞かれるので時間を伝えて帰った。
いつも通り過ごして寝た。
夜中に私の電話が鳴った。
病院からだった。
息子さんの呼吸が…
今から病院に来てもらえますか?
すぐに理解出来なくて、
え?どういう事ですか?と聞き直した。
えと、息子さんの呼吸がちょっと不安定で先生から親御さんを呼んでくださいとの事なので旦那さんと一緒に来れますか?
わかりました…すぐ行きます。
旦那も電話の音で起きたので、
なんだって?
呼吸が不安定なんだって。
でもなー不安定になる事ってなくて、なるならガッと下がるんだけどなー
って話をしながら病院に向かった。
nicuのインターホンを鳴らす前に小児科のナースステーションにA3の紙ってあるかな?って聞いてたのが耳に入った。
インターホンを押した。
いつもならすぐに入れる所を少し待たされて、入り口まで看護師さんが迎えにきた。
みんなが使う通路から。私達は初めて通った。
息子のベッドにはNICUの先生、主治医、看護師さんが3.4人いた。久しぶりに担当看護師さんがいた。
モニターを見たら人工呼吸器の圧だけ出てて、心拍数もサチュレーションも無かった。
どういった状況か把握出来なかった。
NICUの先生が
徐々にサチュレーションが下がっていって心拍数も下がって、蘇生をしたけれど肺に入っていかず口からもれてしまう状態でした。
と説明してくださって、それでも分からず
今息子は苦しいのでしょうか?
と聞いたくらい。
今は痛みもなく無の状態です。
と答えてくれた。
私はぼう然として、旦那は声を出して泣き出した。
主治医が
最後の診察させていただいてよろしいでしょうか?
と聞いてきてやっと
あーむすこは死んじゃったんだ。
って理解した。
主治医は最後の診察もモタモタ何してるのかよく分からなかったけれど
心臓の音と、瞳孔を確認して時間を読み上げてくれて終わった。
ありがとうございました。
とあいさつして3人だけの時間を過ごさせてもらった
最後は苦しまずにスーッといきました。
1度だけピクッと波が出たのですがそれきりでした。
と教えてもらった。
そっか。死んじゃったんだ。
機械も全部外してもらって、どのくらいぶりだろう。縦で抱っこした。
なんか重くなったな。大きくなったな。
死んじゃったのに抱っこ出来たのが嬉しかった。
旦那なんてもっと久しぶりだっただろう。、
おふろ用意したので入りましょう。
ずっと入ってなかったしね。
息子くん使ってるボディーシャンプーいい匂いだからそれ使おうね。
担当看護師さんは久しぶりの夜勤でオムツやタオル入れてる箱にもデコレーションしておいてくれてあった。
ちゃんとここでも可愛がってもらってた。
最後にお見送りさせてくれてありがとうと言ってもらえて、
NICUの先生は
また何だかの違うかたちになって戻って来いよ!
と声をかけてもらった。
主治医は
何でこうなったのか。解剖して調べる事も出来ますが、ご両親は傷を付けたくないとおっしゃってたのでやめます。
とだけ話して終わった。
死因は
閉塞性無呼吸発作
と書いてあった。
死亡診断書はA3の紙だった。
私達が入る前から準備していたんだなー
夜中だったからか、子どもだったからか、抱っこしたまま普通に夜間入り口から病院を出た。
おつかれさま。
お家に帰ろう。