思えば道のりは長かった。

最初は、J。
マネキンファイブの収録中、
「終わるまで待ってて」とささやかれたあの柱。

そして、相葉ちゃん。
コン全滅でその淋しさを埋めようと
参戦したエイトコンの夜。(これはホント)
「俺だけはお前の味方だから」と
ささやかれた廊下。

お次は翔さん。
夜中、二人でウインブルドンをテレビ観戦。
眠くなっちゃった、と言った私に
上目使いで「寝るの?俺を一人にして?」
とすがられたリビングのソファー。


真打ち登場か、と思いきや、お次は智くん。
橋を覗きこむ智くんに
「嵐って意外と暇なんだね?」と上から目線の会話。
「おごってくれたら飲みに行ってもいいよ」
とさらに怠慢な態度に、「じゃ、行こう」
と手を差し出した、あの橋。

必ずストーリー性のある彼らの夢を
1年に1度くらいしかみない。
もう5人まとめて出てきてくれれば
どんなに幸せか!と突っ込んでみても
想いが強すぎるせいか、全然夢にでてこない。
いや、私はあまり夢をみないからか(覚えてないから)

苦節7ねん。

真打登場。
(妖怪じゃありませんよ)

2015を迎えたある日。
ようやくようやくようやく
彼が登場。

コンサート終わりの会場。
私は客席。
帰ろうとすると、なぜか末ズのお二人が
でてきた。

すると、スタスタ私の前までやってきて

「おれさ、あんたのこと、知ってるよ」

とクスっと笑う。

セクシーな感じじゃなくて、
口元に手をあてて、
ちょっとはにかむように。



「また逢えるから」

と手を振った彼。
今度は口角ばっちりあげて
お得意のスマイル。


で、目が覚めた。


たったこれだけ。
ストーリー性もなく
Jが出てきたことはすっかり忘れるくらい
ほんの数秒の夢(だと思う)


その破壊力、半端ない。


翌日、朝から
「キミの夢を見ていた」を聞いて
号泣したのは、
言うまでもない。
長男の病気を知って、開設したHP.
当時はまだ、今みたいに簡単に始められる
プロバイダーもなく、
「HPをつくる本」という分厚い参考書片手に
必死に作った長男闘病記。

それが、
私のblogの原点。


いつしか、
愛しい人へのラブレター日記みたくなり(笑)
いつしか、
この想いを共有したいと思い、
いつしか、
BLOGの存在意義がわからなくなって。

ほったらかし。

ラジオのお仕事はじめて、
文章を書く、
という時間よりも
原稿を作る、読む
という時間に充てられ、

遠ざかっていきました。


それでも、
今の私のアラシゴトを支えているのは
間違いなく、
ネット社会。
情報社会。
見ず知らずの同じ想いを寄せる人々。

そして、
一生交わることのない人と
一生付き合っていきたいと思える
大切な友人たちに出逢えたのも
ここ。この、場所。

閉じてしまうのは簡単だけど、
やっぱり、
淋しいので(私が)
この場所を残しておきます。


2015
明けましたね。
この1年、より一層の幸せが
みなさまのまわりにあふれますように。

そして、
彼らが幸せと感じる瞬間が
少しでも多くありますように。

覗いてくれる皆様。
いつもありがとう。
ことよろ、です。
更新不定期だけど、
私、元気だよ。と伝えさせてくださいね。


eika
投稿写真

あれから15年。
ひねくれ者なので、あえて翌日にこの記事をアップする私。いや、ご本人たちもこうゆう記念日ゴトは興味がない、なんて言っちゃうから、おめでとう❗️が気安く言えない←あ、言ってるけど(笑)彼らの意思とはウラハラに、周りはどうかしてこの15年をオマツリゴトに仕立てたい。と必死だと思いますよ、嵐さん(笑)それでも、ハワイ公演という節目は彼らにとって、とても有意義な時間だったのだろうと、勝手に嬉しく思っています。
このデビューシングル。勿論、後から手に入れたものです。しかも、地元のしょぼーい←フリマで山のようなCDから見つけたものです。¥100玉握りしめて、お釣りがありませんでした。そして、中にはこの握手券。
この時から歩み続けた彼らの道のりを振り返ることは容易くないけど、ずっとずっとありがとう、を伝えたい。そして、この先もずっとずっとずーーっと、大好きです。