連休初日の夜。
二日連続の初日だったこともあり、普段通り深夜まで溜めたドラマを見ていた時だった。
「…電話……?」
テレビの音しかなかった室内に着信音が鳴り響いた。
こんな時間に誰だろう、と思い画面を見て心臓が跳ねた。
慌てて出ると相手は普段と変わらない様子で。
「もしもし、理佐?」
「由依、ベランダ出てみ」
「えっ?……何、突然」
「いいから。暖かい格好して出るんだよ」
「う、うん………」
突然電話を掛けてきた上にベランダに出ろなんて言う人いる?と思いつつ近くにあったパーカーを取ってベランダへの窓を開ける。
「はい、外出たよ」
「空。見てみな」
「ん?」
忙しそうに走り回る車に落としていた視線を上げると、その先には。
「え、すご、めっちゃ綺麗………」
「だよねー。由依好きそうだなって思って。好き?こういうの」
「うん、すっごい好き……」
「ふふっ、よかった」
空には、大きな月があった。
絵本でしか見たことの無いような、絵に書いたような満月。
煌々と輝く、すごく綺麗な月だった。
ベランダの柵に肘をついてしばらくボーッと空を眺める。
こんなにゆっくり空を眺めるなんていつぶりだろう、と思っていると耳に当てたままだったスマホから不意に声が聞こえてきた。
「……い、ちょっと由依、聞いてるー?」
理佐が何か言っていたのに聞き逃してしまったらしい。
「ごめん理佐、もう一回言って!」
「だからー、」
「うん」
「月が綺麗だね、由依」
「うん、そうだ……………へっ…?」
「おやすみ。そろそろ冷えちゃうから部屋戻りなね」
耳に当てたままだったスマホから唐突に聞こえてきた、その言葉。
時が止まったようにその場に固まってしまった。
理佐に下心が無いにしてもわざわざ言い直す必要性を感じない。
私でも知っているようなあの言葉を言い逃げして、これは期待していいんだろうか。
それともただの冗談だったりして。
でも理佐が人の気持ちを弄ぶとは思えないし、それこそ必要性を感じない。
何が言いたいの、理佐。
ハッキリ言ってくれないと分からないよ………
そんな苦悩と戦っているとは露知らず。
私のスマホはメッセージを一件受信した。
宛先は、渡邉理佐。
恐る恐るトークを開くと、“本気だから” と一言だけ来ていた。
普段顔文字や絵文字を使いまくるあの理佐のことだ。
本人は相当勇気を出して言ってくれたのだろう。
これ、もしかして。
まさか、まさか理佐が私のこと本気で____
「いやいやいやそんなはずない、落ち着け私……………」
期待を消そうと首を振る。
そろそろいいかな、と思い頭を止めた瞬間に帰ってきた現実は歪んで、クラクラして、それでいて少しだけ。
明るく、色付いていた。
あれから丸一日。
収録終わりの楽屋でド緊張のまま待っている私を横目に何食わぬ顔で登場した理佐は、いつも通り葵と戯れたり、ゆっかーをいじり倒したり、ふーちゃんとふざけ合ったり、色んな二期生に声を掛けられていたり。
やっぱり人気者だなぁ、誰とでも仲良くなれるしなんてったって顔が可愛いもんなぁ、なんて思いながら視線を膝の上で握る手に落とす。
目を閉じて深呼吸をすると二日連続の睡眠不足のせいか、突然やってきた睡魔にあっという間に呑まれてしまった。
♢♢♢
起こされたのは、ほんの数分後。
誰かに肩を揺さぶられている気がした。
「…………ぃ、由依ー。起きてってば……あ、起きた」
「んんぅ………りさ……」
「由依今日傘持ってないんでしょ?」
「持ってない………え、雨?」
「やっぱり。ほら、帰ろ」
傘を片手に、理佐はめちゃくちゃ綺麗な顔で微笑んでいる。
「え?入れてくれるの?」
「当たり前でしょー。好きな子なんだし」
「っ、あのさ理佐…………」
「その話も、しよ」
ヘラヘラしていた理佐とは一転、少し鋭い眼差しになって、
ああ、ダメだ。心臓が痛む。
理佐が笑っている時、泣いている時、困っている時。
すぐに心臓が痛む原因を、生憎私は知っていた。
向き合おう、ちゃんと。
「うん、帰ろう」
理佐の袖を少し握って、私達は歩き始めた。
♢♢♢
「雨やばくない?久しぶりに外出たのに雨とか最悪なんだけど」
「あれ、理佐インドアだったっけ?」
「今回の連休だけ寝倒した。どこかの狂犬のインドアが移ったわけじゃないから」
「あ?」
「ごめんって笑」
なんてことない帰り道。
同じ傘の下、肩を寄せ合って歩く道は今までよりずっと短く感じた。
濡れている理佐の右肩と乾いている自分の左肩がさっきから気になるけれど、そこは触れないでおこう。
「ていうか今日、すごい私のこと見てたよね」
「え?そう?」
「そうだよー。葵とかふーちゃんと遊んでる時も、友香にちょっかい出してる時も、二期生に話し掛けられた時も」
「もういいもういい、全部見られてたとか恥ずかしすぎるわ」
「えーなんでよ。
………………そんなに見られると、期待しちゃうんだけどなぁ……?」
悪い気配を察知して理佐を見ると、目は私を真っ直ぐに捉えて、顔を少し赤くして微笑んでいた。
なんだか、理佐に余裕が出来てきてる気がする。
この余裕を崩してやりたい。そう思った。
薄く笑うと、理佐の目は軽く見開かれて少し怯えたような表情に変わる。
それすらも可愛くて、キュンとして。
心臓の痛みで死んじゃいそうなくらいには、きっと理佐に惚れている。
だから私は、色濃く濡れた理佐の右肩に触れながら、この言葉を言ってやるんだ。
「ほら見て。虹が綺麗だよ、理佐」
力の抜けた理佐が落とした傘諸共、私達は黒い雲から降り注ぐ強い雨に打たれていた。
私の左肩は、色濃く濡れた。
fin.