2つの手紙
わたしが地元から遠く離れた大学に通い始めて,初めての正月がもうすぐ来る。わたしの家族は,お盆と正月には田舎の祖父の家に家族で訪れみんなで過ごすのが,毎年の流れになっている。ひとり暮らしの祖父も毎年楽しみにしている様子で,わたしたち家族が訪れると大変喜んでくれる姿が目に浮かぶくらいだ。
わたしの祖父は,いくつかの田んぼと畑をひとりで切り盛りしてきた苦労人ある。若い頃は,東南アジアの戦場で通信兵として戦争を体験し,過酷な状況のなか多くの戦友を亡くしながら,生死の狭間をくぐり抜け日本に戻ることができたらしい。日本では,当初祖父は戦死していたことになっていたようだ。
「戦争のことを考えると,どんなに苦しいことでもがんばることができるんだ・・・」とポロッと話してくれたことは,今でもわたしの脳裏に焼き付いている。
今度の正月は,大学の用事で祖父の家に行けそうにないなと思ったわたしは,慣れない手紙でも書いて,祖父の残念な気持ちが少しでもやわらぐといいなと思いながらペンをとった。
書き始めは,Dearest(最も親愛なる) おじいちゃん・・・
内容は,正月に行けないことを謝りつつ,大学の様子や生活など紹介しながら,今までの祖父との思い出を,心のおもむくままに書いていった。
そして,最後にこう付け加えた。
I owe what I am to you! (今のわたしがあるのはおじいちゃんのおかげだよ!)
手紙を封筒に入れ宛名を書いた。
「おじいちゃんの名前をこんなにしっかり書いたことはなかったなぁ」としみじみ感じた。
正月も過ぎた頃,地元の母から連絡があり,祖父に手紙届いたことを伝えてくれた。祖父は,わたしが書いた手紙を,涙を流しながら何度も読み返していたらしい。そして,父や母にも喜んで見せてくれたらしい。正直そこまで喜んでくれるとは思わなかったが,それを聞いた時は,本当に心からうれしかった。
それから,2年後の正月,祖父は亡くなった。末期ガンだった。
約半年の闘病生活の中でも毅然とした姿であった。闘病中,意識を保つのも難しくなっていると,母から連絡があり,遠方にいるわたしは,祖父への2通目の手紙を書いたことをおぼえている。文字はそんなに読めないかもしれないから,簡単な文章とわたしが住んでいる地域の風景をデッサンしたものを同封した。その手紙を祖父が見てくれたことは母から聞いた。その様子までは聞かなかった。ただただ,祖父の気持ちの助けになればいいと思った。
そして,それが,祖父への最後の手紙となった。

