土曜日は、2回目の造形教室の日でした
今回は、たくさんの色ゴムを釘にひっかけてたくさん三角形を作ったり・・・
大きな画用紙にみんなで色とりどりのビニールテープを張って、最後に真っ黒の絵の具で塗りつぶして色を浮き立たせたり・・・
(できあがりは花火のようでとても素敵でした)
さつまいもを薪ストーブで焼いて、スイートポテトを作ったり・・・
書初めと称して、白い画用紙にお絵かきをしたり・・・
とまぁ今回もとても楽しい、充実した1時間でした
で、教室が終わったあと、チビがゴソゴソ遊んでいたので一緒につきあっていると、ちょうど先生がいらっしゃったので、気になっていたことを聞いて見ました
「教室の最中、何か完成するたびにチビが先生のところに持っていってアピールするのは何でなんでしょうか・・・」
なにか自分で完成させるたびに先生のところに持っていくチビをみて、なんとなく不思議だったので(隣にいる母にはもってこない・・)聞いてみました
先生曰く、子どもは誰もが「褒められたい・叱られたい」欲求を持っているとのこと
しかもそれは両親肉親はもちろん、それ以外の第3者からである機会も必要なのだそう
(だから一生懸命アピールしていたんですね きっと)
叱られることも重要で、もちろんあまりに叱られすぎるのはよくないが、ある程度「やっていはいけないこと、やると危険なこと」をきちんと叱ってやらないと、子どもにとっても不幸なこと
そしてどちらかに偏るのもだめで、褒められてばかりだと傲慢になるし、叱られてばかりだと卑屈になる
・・・大体そんな感じのことをおっしゃっていました
母、とても納得
そして、子育ての難しさも改めて実感しました
親や祖父母は、いつも周りにいる存在なのでどちらかというと「褒められて当たり前」「叱られて当たり前」な存在でもあるのかもしれません
チビの場合、普段からたくさんの大人と接しているのと、リトミックと造形教室で「第三者であり、親でも知り合いのおばちゃんでもなく、従うべき尊敬すべき大人」である先生という存在があるのとで、結構『認められる喜び』を身を持って知っているように思います
ので、どちらの教室でも、母よりも先生に強くアピールをしているように思うのです
すると先生は、やはりその道のプロなので、ちょっとしたことでも
「チビちゃん、すごいね~!!」
「チビちゃん、上手~!!」
とか
「チビちゃん、こういうときはこうしようね~」
と、褒めたり教えたりしてくれます
チビも、褒められると嬉しくてますます一生懸命課題に取り組もうとするし、指導されると、次からはそれを守ろうと意識します
先生の存在を、1才児ながらに強く感じて影響を受けているように思うのです
おかげさまで、先生には恵まれて、どちらの先生もとても熱心にチビに接してくれているので、親としても
「習わせてよかった!!」
と実感しています
褒められることが少なく、大人からあまり目を向けてもらえない子どもは、違ったことでアピールするようになり、怒られることで自分の存在を認めてもらおうとするそうです
悪いことをして怒られる・・・やっと自分に目が向けられたと錯覚してもっと悪いことをする・・・また怒られる・・・
こういう負のスパイラルが生じるらしい
習い事が素晴らしいわけではなく、常に子どもに大人の目が向けられていることが重要なんだと思います
とにかく子どもに目を向けて、上手にできたら褒めてやる
やってはいけないことをしたら、叱って正しいことをきちんと教えたり姿勢を見せる
親のほうも育児に家事に仕事に・・・と忙しくてなかなかできそうでできないことかもしれません
かくいう私も四六時中チビにくっついて褒めたり叱ったりはできません
可能な限り親として、チビの成長に目を向けて、「褒める」栄養・「叱る」栄養を与えていけたら・・・と思っています