長らく更新できなかったが、息子は16歳半になっている(;^_^A

医師の予測通り成長期が到来せず、1年に2cmの伸びにとどまり。思春期を約2年長くするために薬を飲んでいるが、ほんの気休め程度だと思っている。ぶっちゃけ現在身長130cm台。 

クラスメートの男の子達は170~190cmに成長しているので、今や息子の低身長は顕著である。しかも息子は声変わりもしているし、口ひげもはやしていてニキビ面なので、息子の姿は小さくても明らかに「子供」ではなくなっているのだ(;^_^A

それでも、クラスメート達はみんなとても優しくて、いじめとは無縁の生活であった。孤立することもなく、幸せに学校生活を送っていると思っていた。コロナのせいでオンライン授業になった期間はモチベーションが低下したが、それは誰でもあり得ることなので、心配するほどでもなかった。

 

最近は趣味として続けている体操もチェスも、モチベーションが低下していたが、それもコロナで生活リズムが崩れたせい、と簡単に理由づけることができたので、「仕方ないね」で終わっていた。

 

そんな中、今年の夏休みに低身長協会が主催する、1週間の青年サマーキャンプがあるというお知らせがあり、どうせ暇しているんだからと、息子に参加するよう即した。今までは体操のトレーニングや足の手術、そしてコロナ・・ということもあり、会の様々なイベントにずっと参加できないでいたのだ。

知り合いゼロで、ほかの参加者は良く知っている者同士、というグループに初参加するのは勇気がいることだが、息子もどうせ大きな予定のない夏休みだし、拒否することなく、参加申し込みをしたのだった。

だいたい、息子は今まで低身長の人とほとんど会ったことがないので、そのグループに参加したらどんな風に感じるのか、未知の世界でもあった。きっと半数以上は軟骨無形成症の方なんだろうな。息子とはちょっと体形が違うので、最初はびっくりしたりするのだろうか?

 

そして先日、片道6時間ぐらいかかる北ドイツでのイベントに、一人で電車に乗って参加し、6泊して無事に帰ってきた。

迎えに行った地元駅のホームで どうだった?と聞くと、「良かった」といういつもの、日常にありがちな返事を返してきた息子。

しかし、家に帰ってきてから座って話を聞くと、出るわ出るわ。口下手な息子の口から土産話があふれ出てきた。

 

みんなとても親切で、初日の午後にはもうグループの輪にすっかり入っていたこと。

ユースホステルの4人部屋にはコンセントが2つしかなく、いつも携帯の充電に困っていたこと、

朝から晩までいろんなイベントが用意されていたこと。

夜中の2時ごろまで、ゲームをしたり、ビールを飲んで語り合ったりしたこと(注・ドイツでは16歳からビールが飲めます)。

ユースホステルの食事がまずかったこと。

自分と同じような創外固定具で骨延長をした人が何人かいたこと。

 

などなど。とにかく話があふれ出てくる。いろいろな体験ができて、楽しかったであろうことは、すぐにわかった。

そして、インスタグラムに上がっているという写真や動画も見せてもらう。

そこには、たくさんの低身長の若者たちと楽しそうに過ごしている息子の姿があった。

「次のイベントにも行きたい?」と聞くと、うん、11月にある分に是非行きたい、と即答。

 

・・・コロナで意欲低下気味だった息子、久々に楽しい経験ができて、本当に参加してよかったね!ぐらいにその日は思っていた。

 

次の日、息子は「僕は持久力がないんだ。今日からちょっと持久力トレーニングしたい。」などと言ってきた。コロナのせいもあって、部屋にこもりがちだった息子が、私とゆるいジョギングをしたいというのだ。そんなの朝飯前、息子と1時間、ゆるーく走ったり歩いたりしてみた。

さらに、「インスタグラムで写真が見れるし、みんなとインスタでも繋がりたい。」と全く興味のなかったインスタグラムを急にのぞくようになった。

 

その次の日も、一緒にゆるいジョギング。「次のイベントの場所はどこらへんかな?」というので、一緒にドイツ地図を見た。そこで、「○○君はこの辺に住んでて、○○君はここに住んでるみたい」というのだった。そして、今まで一度も目を通そうとしなかった、協会の会報をじっくり読み始めたのだった。

 

むむむ?これはただ事ではない。

 

その日の晩、私は呑気に?雑誌を読んでいる夫に不意に言ってみた。

「息子は・・・・アイデンティティを見つけたのかな。」

 

夫「・・そうだね。」

 

夫の答えがいつも適当な返答に使う、「Vielleicht (多分ね)」ではなく「Ja (そうだね)」 だったので、なぜか、私の目から涙があふれ出てきて止まらなくなってしまった。

なんなんだろう?なんだか寂しく切ないようなこの感情は。

 

今まで、ハーフの子供たちやその友人たちのアイデンティティを見守ってきたことから、「アイデンティティ」というものが子供の、特に思春期の成長に大切であることも分かっていたつもりだったし、息子はもともとコミュニケーション力がある方で、迷いなく「お味噌汁と日本のアニメが大好きなドイツ人」という位置に安定して属しているのだと思っていた。実際そうなんだと思うのだが、今回の出会いはどうやら彼に今までにない衝撃を与えたようであった。

 

息子はコロナ期間中も、地元にオンラインで一緒に宿題をしたりする友人が複数いたし、得意な学科では安定した成績も残していたので、特に心配していなかったけれど・・・もしかして体が小さいことで、心のどこかで自信がなかったり、対等だと思えなかったこともあったのかな。

 

いずれにせよ、息子は多分、「自分の居場所」らしきところを見つけたようだ?

親としては、なぜだか切ないような寂しいような不思議な感覚ではあるが、、、息子が仲間に出会えたことはめちゃくちゃ嬉しくもある!

 

今後どうなるか??温かく見守っていきたい。

 


持久力はないけど、相変わらずバク宙なら助走なしでも大丈夫。

トルコ旅行から帰宅。

 

トルコ通貨が暴落中とのことで、ちょっとしたショッピングも楽しみにしていたのだが、ドイツ人リゾート客だらけのホテルのまわりにあるお店は、すべてユーロ建ての値段設定。だから、ユーロでお買い物できる分、お値段据え置きなのだ。しかも、「すべての」お店が、ブランド品のニセモノだけを売っているのだ。アルマーニやグッチの靴下がよりどり20足、5ユーロ(650円)とか、、プラダのバッグ10ユーロ(1300円)、レイバンサングラス、3ユーロ、、。

トルコ通貨暴落で、ウホウホなのは、私達リゾート客ではなく、ユーロで現金が稼げるこの辺のサービス業の方達なのだった。市場みたいな感じのショッピングセンターのお店も全部ニセブランド品だけを売っている!

ノーブランドでいいから、かわいい革のポシェットが欲しかったのに。。

 

それでもしばらく滞在していると、ホテルの朝食会場には、ここら辺で買ったとみられるニセブランドTシャツ、 バッグに身を包んだドイツ人がいっぱいだと気づく!!!ちょっと、、、マジで売れてるやん!!だからこの辺のトルコ人はこの商売やめられんって訳か。

 

 

そんなことはさておき。9月6日に、予定通り、息子のひざ上までのギプスが取れて、今度はシーネ(副木) という着脱可能なブーツのようなものになった。これで3ヶ月過ごす予定。つまり12月頭には、9ヶ月半に及ぶ、O脚矯正と4cmの骨延長のプロセスが終了することになる。

 




このシーネは寝る時とシャワーする時以外はずっと着用して過ごさなければならない、と医師からいわれているのだが、シーネを付けている時、必ず靴下とシーネ専用靴を履いていなければならず、なんだか家の中でもくつろげない。家のなかでもずっとブーツ着用している感じなのである。

 

そんなこんなで、シーネになって約1ヶ月が過ぎ、予定通りトルコのリゾート旅行へ出発することになった我が家。

 

息子はそれまで、杖をついて一度に最高100mぐらいしか移動していなかった。しかも、とても慎重に、だ。あまり動くとひざや足首あたりが痛いと言ったからだった。

 

しかし、このトルコ旅行で大躍進することになった。

 

このホテルから海岸までの300m、アップダウンのある道を杖をつきながら往復に始まり。

卓球やバレーボールなどのスポーツを、7ヶ月ぶりにおそるおそる再開。

とうとう、シーネを外して、海にも入っちゃった!!

ダメなのに、ダメなのに!

 

そして、気づけば、滞在時間の大部分をシーネなしで過ごしてしまった息子なのであった。

診断書には、シーネを外せば、30パーセント怪我のリスクが高まる、と書いてあるんだが、、やってしまった。

 

本当は、そこまで開放的になる予定では全くなかった。到着2日目に、初めてシーネを脱いでプールに足をつけさせようとした時、不安で悲しくなったのか、大泣きしてしまい、、、しばらく涙は止まらず、もうこの旅行では、医師の指示通り、一度も素足を水につけることなく帰るのだろうと思ったのだ。でもその夜、夕食後くつろいでいると、息子は同じように杖をついて歩いてる40代ぐらいの女性に声をかけられたのだった。

 

「この前のビンゴ大会でバナナボートの無料券が当たったんだけど、私達、もう海に行かないのよね。誰かにあげたいと思って、、やっぱり杖をついている君にあげたいと思ったの。バナナボートなら、またいで座るだけだから絶対できるよ!挑戦してみなよ!」

 

そう言って、チケットをくれたのだった。

たったそれだけ。

それだけで、息子は、、「海に入ってバナナボートに乗りたいな!」という思考に180度方向転換したのであった。単純、、笑い泣き

 

こんなリゾート地でシーネをつけて杖をつき、、砂浜でも靴を脱がなかった息子は、ある意味アウェイ感が漂っていたかもしれない。

 

次の日、バナナボート乗り場に無料券をもってワクワクしながら行ってみると、息子一人じゃボートは出せない、と言われて、、さすがトルコのリゾートビジネスだと実感。

結局、別の3人組と一緒に、私と娘も20ユーロ払って乗るということになった。

 

結局とっても楽しくって、息子の不安もなくなり、20ユーロ以上の価値を見いだしてしまったことになったのであった。

 

 その日の晩御飯の時にお礼を言いに行ったら、


ああ、楽しんでくれたんだったら、それはよかった! 私も嬉しい!Gute Besserung ( お大事にね)! 


と言ってくれた。その方は、バイク免許をとるための教習中に事故にあったみたいで、手術はしないけど、2週間杖をついているそうだった。

優しい人、、、えーん


これ以外にも、息子の手術のおかげで、この旅行以前にも、たくさんの見ず知らずの人の優しさに触れることができた。

息子は、本当に幸せ者である。


次は、君が(私も)誰かを助けてあげよう!!


ちなみに、脚にはくっきりピンのあとが複数残っていて、ぼこぼこ。それでも、トルコで解放された? 息子は、恥ずかしがらずに、半ズボンで過ごしたのだった。






おっと、そんなこんなで、もう秋休みが終わる。家も全然進んでいないというのに、、。

明日からまた早起きできるかな、うちの子達滝汗

着工から1年以上経っているが、、、いろいろあって、まだできていない!!
息子のこともあるし、、、我慢、我慢、我慢、忍耐、忍耐、忍耐の日々。


外はここまで、、



自分の部屋の壁を塗ってみる娘。

はたして、年内に引っ越しできるのだろうか??