nikoのブログ

nikoのブログ

ブログの説明を入力します。

配信で12話を見ました
凄く衝撃と空虚な感情襲われて文章になるかどうかわからないですが感想を書いていこうと思います

温かい目で見てもらえると嬉しいです

1.原作改変について

 原作改変については、良し悪しを推し量ることはできないと考えます

ただ8話あたりから違和感を感じ始め、11話で違和感が現実になりつつあるのを実感していたところでこの完全アニオリが来たので感情が追い付いていないのが現状です

この完全アニオリについて僕なりにまとめていきたいと思います

 1.ここまで久美子の苦悩について書いてきていた成長を描くうえで挫折を受け入れることで成長を表す

 2.久美子にとって特別は麗奈であるが、麗奈にとって特別は音楽である

 3.真由の過去と深堀

 4.滝先生の人間味

2.久美子の成長について

 実際のところ何一つとして成長としてとらえられない。一つ言うなら大人になったというよりもならざる負えなかった

本意を隠し、部長としての殻をかぶりわがまますら部員の中では言えない存在

本当にそれが久美子の目指す姿なのか あすか先輩の姿がそうであったといえば成長なのかもしれない

ただ1年、2年と学年が上がることに重責が大きくなり、部員に対して弱音を見せたら部が崩壊する立場になったのも大きいかもしれない

ただこれに対して言うならあすか先輩に言った「自分が我慢すれば丸く収まるなんて先輩の自己満足ですよね」「後悔するとわかっている選択肢を自分から選ばないでください」と言っていた久美子が自分からその選択肢を選びに行っているのが成長なのか

本心を見せていた場面はほんの数分である死ぬほど悔しいといった場面だけで他は部長としての役割を演じていた

首は突っ込むが最後は離れたところが見ている(あすか評)だった久美子が3年になって初めて当事者となる場面であり、未熟だったところから本音を隠し、成熟したというのは無理がある

実際役職がそうさせたと感じるし、麗奈が特別だし、音大に行かないというひっかりが音に出たのを逃さないから真由を選ぶだろうと悟ったのも自己満足でしかない

もっと人間味があったはずの久美子がひたむきに本音を隠し部員を鼓舞する姿を見たかったのかといわれると違う もっと喜ぶ姿が見たかった 悲しむ姿は見たくなかった 1個人としてそこに成長があるかというとないからです 悲しむ姿から成長を感じるのは最後には必ず報いがあるからです 今回において報いが全国金かもしれません ただこの全国金について疑問視が付くのがソリの部分なのです 真由がいたから 真由が来たから

それが付きまとうことになります 

3.真由の深堀

 今回のシナリオの被害者である真由ちゃんについてもちょっと話しておこうと思います

原作では最後スポットライトを久美子にあてるために出てきたとされるキャラでそこまで深掘りされず、オーディションやコンクールに興味がないキャラとして描かれています

ただこのシナリオ上久美子のソリがないため、そのまま真由にソリを渡すと真由という天才が北宇治に来たから全国金が取れたというストーリーになってしまう

そのためになぜオーディションやコンクールに興味がないキャラなのかというところを補わないといけないそのためにとってつけたような過去ということが否めない

久美子の挫折を受け入れて前に進んでいくというシナリオの一番の犠牲者だと思います

彼女自身は音楽に嘘を付けず、ただただまっすぐで純粋な女子高生であるはずなのにシナリオ的に一番批判され、一番嫌われるキャラになりました しかも真由が一番恐れていた展開によってなのがまたかわいそうなところです

4.滝先生の人間味

 ここについては本来語るべきところではないのですが、再オーディションになっている原因が滝先生の人間味というところだからです

原作においても京都大会 関西大会とオーディションについての滝先生の迷いが描かれています

ただ全国置いては、そこまで大きく描かれていません

なので原作では再オーディションもなく、久美子がソリを演奏しています

それに対してアニメにおいては決断を迷い、再オーディションでは自分が決断するのではなく生徒に任せ、票数が同数だった時も先生が決めるのでなく、麗奈に投げていました

先生も3年目になり、ずっと見てきた学年ということもあり、冷静な判断ができないというところで話を描いているのかもしれませんが、今回の判断においては普通に部が空中分解する可能性がある中、徹底的に見守り何もしなかったことに疑問を感じます(そこについては生徒に任せたと言うと綺麗事に聞こえてきます

しかもそこを収めたのが久美子の本音を隠した姿であり、発言であったというところがまたなんとも言えないところであります)

5.原作通りで描けなかったのか

 今回久美子の成長というところを描くうえで一番大きかったところは1期1話開始冒頭の麗奈の発言である「死ぬほど悔しい」にあると思います

 このシーンの時麗奈は涙を流し、久美子は涙を流せなかった

それを必死に追い求め、努力し、感じられるようになったという成長を描いたということだと思います

それを描くということは、原作通りのソリでは挫折がありません

言葉の通り、「死ぬほど悔しい」と感じるためには挫折がないといけないのです

そのためのアニオリであり、再オーディションなのです

今回のシナリオで描きたかったのは綺麗な成長ではなく、感情の成長であり、その上にあるのは麗奈が特別であり、その麗奈の足元に近づいたということなのです

ただこれを12話である必要があったのかそもそもこのシナリオを描く必要があったのかという点に疑問が生じるのは仕方のないことだと思います

現実的に努力が報われない場面なんていくらでもあります

そこに対してどのように受け止め前に進むかというところで今回の久美子は挫折を受け入れてそのまま前に進むを選択しました(決して克服はしていません)感情にふたをし、前に進むという姿を見せました

普通この選択は心つぶす選択になります(ただこれはアニメなのでつぶれずに前に進むと思います)

ただアニメにおいて挫折というのは克服し、乗り越えて成功するから美しいのであり、感動を呼ぶのです

この物語においての主人公は久美子であり、北宇治吹奏楽部でも麗奈でも真由でもありません

視聴者が求めているのは久美子の成功であり、久美子の物語であるというところを忘れてはいけないと思います

そのうえでクライマックスが近い12話での挫折は乗り越えるものがありません(この状況で全国金を取ったことで挫折を乗り越えたというのは無理があります)

これが久美子の物語ではなく北宇治吹奏楽の物語であればこのシナリオは正解を見ると思います ただ響けユーフォニアムにおいての主人公は北宇治吹奏楽でなく久美子なのです

そこについては原作がきれいな作品である限り賛否が分かれるところになると思います

長々と書いてきましたが、シナリオ的に原作通りは描けなかった

原作通りに描くと成長が書けなかったというところが真実だと思います

そこに関して言うなら視聴者とシナリオライターにおいての久美子の成長を描くところが違った

もっと詳しく言うなら原作者である武田先生とシナリオライターである花田先生では久美子の成長の描き方が違ったというところだと思います

そこに対して賛否があるというのは当然だと思います

実際僕も受け入れられてはいません

ただアニメにおいて久美子のソリは見ることはできないと思います

そのうえで理屈として12話を受け入れ13話が無事に終わってくれることを祈って感想を締めくくりたいと思います

長々とありがとうございました。