綺麗な花手水は、

 楊谷寺 柳谷観音です♡

 

 ココは、花手水の発祥の場所だそうですよ

 

 

すべての物事は、移り変わる


「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・」

 

平家物語に出てくる、お馴染みのフレーズです(^-^)

 

(↑ココしか知らないけど^ ^)

 

 

この諸行無常は、お釈迦さまが亡くなる前に

語った言葉だそうですよ

 

 

諸行 全ての物事は

無常 常に移り変わっている

 

 



この言葉は、50代になると、

確かに・・と深みを増して響いてきますね

 

あそこにあったお店がなくなって、

新しいお店に変わっていたり。

 

子供たちも社会人になり、

両親も亡くなってしまい・・

 

少しづつ

世代が変わってきたことを感じています。

 

まさに、

「全ての物事は、常に移り変わっている」

を、実感中です。

 

 

特に、祖父母や両親の写真を

整理していたこともあって

余計に時代の変化を目の当たりにしています。

 

 

 

人間は、いつか必ず亡くなってしまうことは

重々承知のはずなんだけど、

 

私たちは、どうしても無意識に

今持っているものや、

人間関係が、今後も続くと思ってます。

 

 

でも振り返ると、変わらないもののあるけど

変わっているものが多いことにも

気付かされますね。

 

 

 

でも、無常だからこそ

 

私たちは、今の現状を変えて、

新しいものを創っていけるのかもしれないですねニコニコ

 



 

もし今が辛い時でも・・

ずっととづく訳ではありません

 

努力や縁のおかげで、

気づけば、穏やかな日を過ごせていた

ってことも、きっとあると思います。

 

 

「私は〇〇だから」って、

悲観して諦めるんじゃなくて

良い方向へと変えることもできます。

 

 

恵まれた人生を送っているように見えるあの人も

実は、どうかわからないもの

 

どんな人生にも

良い時、悪い時があると思います。

 

 

しんどい時は、

「このままずっと続くのではないか??」と

不安になると思うし、

 

良い時は良い時で・・

「このままずっと良い感じで行けるんちゃうかな?」

なんて、錯覚してしまう

 

私自身がそうでしたから爆  笑

 

50代を迎え、このまま穏やかに

人生後半を過ごせるわ〜なんて思ってたけど、

そんなことはなく、大きな出来事がありましたしアセアセ

 

生身の肉体を持ってる私たちは、

苦しいのは嫌いで、

快楽の方が好きですからね(^ ^)

 

 

でも、これが人間の本当の姿

ブッダは言ってます

 

 

いや、ほんとそうです笑

 

 




また快楽とは違う

「本当の幸せへの道」を説いているのが、

仏の教え と感じています。

 

 

難しい知識というより、

今日の内容のような

私たち人間の姿 

この世の真理 という法則みたいなものを

 

知ることで、

 

人は変化していける

 

前を向けるきっかけになる

 

自分の次元を上げることができる

 

 

そんな風に私は思っています♡

 

 

 

 

また久しぶりのブログに

なってしまいました。

 

 

 

先月の半ば、私の父が旅立ちました。

 

 

 

 

 

肺ガンだとわかってからも、

 

一切治療はせず、自宅で過ごしていました。

 

それでも、その時に言われた余命より、

2年以上生きました。

 

最後の方は

かかりつけの主治医から

「もう肺の20%くらいでしか

呼吸できていない状態」

と言われていたので、

 

歩くのもフーフー言いながら、

家の中を移動していました。

 

亡くなる前日まで、

ベッドの柵につかまりながら

なんとか一人で立っていました。

 

弟にベッドのそばにある

愛着のある一人ソファに座らせて

もらって・・間もなく息を引き取りました。

 

 

2つ前の記事で、

「頑固なプライドの高い父」と

書きましたが、

本当に父らしい最後だったと思いました。

 

 

娘である私としたら、

もっと楽に快適に過ごしてもらいたかったけど、

本人の思いと、周りの想いは

微妙に違う。

 

それでも「自分でできる限りやりたい」と

思いを通し、頑張った父は凄いなぁと

思っています。

 

 

よく口でぶつかって

腹を立てていましたが、

 

これで両親とも亡くなってしまった。。

「無条件に自分を守ってくれる存在」が

いなくなった・・

 

そう思うと、夫や息子たちがいてくれたとしても

それとはまた違う独特の寂しさを感じるんですね。

 

 

4年前に母が亡くなった時に

感じた寂しさとは、また違う。

それは父がいたから。

 

 

もっとできたことはあったと思うと

キリはないけど、

 

特にこの1年は、

毎日に近いほど電話がかかってきて、

毎日に近いほど会いに行ってた

 

私は囚われのルーティーンのように感じてたけど、

不器用な親子の

唯一の心の交わし方だったのかもしれません。

 

大したことはしてないし、

大した言葉を交わしたわけでもないけど、

人生で一番父と向き合った時間になリました(^-^)

 

 

いっぱい感謝しています♡

父に伝わってるかな・・

 

 

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自分の運命って

一体どんな感じなんだろう?

 

 

過去を振り返ったり

自分の未来を想像した時に

考えたことはありませんか?



今、父がガンで

弱っていくのを見てるせいか、

色々考えてしまいます🍀

 

運命って字の如く、

自分の命を運ぶんですもんね。

 

さて、どう運んでる??



50代にもなると、

良かった経験もあれば、

大変だったこともあります

 

思うようにいかなかったことも

色々あったなぁ〜と、思います爆笑

 

もうちょっとこうだったら

〇〇だったのになぁ・・とか、

 

あの時、こうしてたら

もっと良かったかもしれないのに・・とか

 

普段の日常から

思ったりすることもいっぱいあります。


やっぱり、どこか自分の人生に

期待してるのかもしれない(*´˘`*)

 


どんな人生にも、

その人にとって乗り越えないといけない

山場はあるのは事実だと思います。

 

私も経験したから、実感しています。


昔やった、公文式の算数の課題を

こなしていく感じ?

とかって思いますにっこり


間違いが多かったら、

また同じ問題を繰り返し

やらされる…みたいな笑


早く進みたいのに、

何回も同じ問題を解かされて

イヤになるけど、


さすがに何度もやると

できるようになるしねニコニコ

 


 

仏の教えでは、

「自分の運命を決めるのは、

日々の行いである」

と説かれています。

 

おっしゃる通りで・・すね。

 

悪いことをしているつもりはないけど、

じゃあ善き行いをしてるか?と問われると

自信がなくなります笑

 

仏教では、行いのことを「

インドの言葉では「カルマ

 

この業(カルマ)には、力があり

「業力」というそうですよ。

 


例えば、(↓わかりやすい例え)



好きになってはいけない人を

好きになってしまったり、


理屈や計算では「絶対ダメだよね」

とわかっているのに、

抑えられない恋の衝動・・

 

わかっちゃいるけどやめられない 

というやつです。

 

↑これは、私たちが過去にした

様々な行いが「業力」となって、

特定の「その人」を好きになってしまう

 


この理屈理性では抑えられないような

ものすごい力を業力というようです。

 

そして、業力は、結果が現れるまで

消えない・・「業力不滅」という

厄介な力でもあるらしい驚き

 

もちろん、良い場合にも働きます!!

そうこないとね^ ^

 

「努力したから、成績が良くなった」

なんかはわかりやすいし、


「頑張ったけど、

望んだ会社には行けなかったけど、

今の会社で、素敵な人と巡り会えた」

まぁ、それも人生✨

 

業力は、今世で現れなければ

来世に持ち越されると言われてるみたい。

 

そんなのどうすることもできないですよね〜爆笑

 

そうなると、

今世でやってしまったことなのか

前世でやってしまったことなのか

もうわからないので


「過去の自分がなんかやらかしたんかな」

と前向きに割り切って笑

 

今日からでも善い行いをしよう

ですね!!

 やっぱりそれになりますね〜



人生を預金通帳に例えたら、



マイナス10万で最後まで

いった通帳は、

新しい通帳につけかえても、

マイナス10万からのスタート爆笑



是非ともプラスで終えたいと

思いましたニコニコ

 

 

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こんにちは😊

kannonです(^-^)



私自身のことですが、


過去に起こった出来事を

いつまでもぐずぐず引きづり

落ち込んでしまった時、

 

頭の中で、その出来事が

何度も出てきては、言い訳じみた

問答が繰り返されて

いい加減疲れてきたので、

もう考えるのをやめて、

瞑想してみました。

 

自分の魂に聴いてみたんです。

 



 

しばらくすると、

こんな映像が出てきました。

 

***


(↑イメージ画像で、実際に出てきた

映像とはまた違います^ ^)


大きい川の真ん中に

立っている私がいました。

 

上流に向かって立っています。

 

 

向こうの方から、

川の流れが私の方へやってきて、

 ふわぁ〜っと自分を通り過ぎていく感覚が

わかります

 

 

「あっ・・川の上流は

未来みたいだなぁ

 

未来から自分に向かって流れてくる」

 

こんな感じで今の自分を通り過ぎてくんや・・

 

未来に向かって、


自分の願いや望むことを

 

ボールみたいに投げてみたら、

 

そのうち自分をところに流れてくるんや・・」

 

そう感じました。

 

 

今世、未来へどんなボールでも

投げられるんや!!


人間の特権みたいな気がしました✨

 

 

そんなイメージで映像が見えたので、

絵に描いておきました(*´˘`*)♡

 

 

そういえば、仏の教えの中にも、

 

 ───


「何千年もの、ずっと昔から

大きな川がずっと流れている

(*仏教では阿頼耶識のことを例えています)


私たち人間の命は、

その水面にできては消えるアブクみたいなもの。

 

アブクができる前から川は流れていて、

アブクが消えても川は流れ続ける」


───

 

それを思い出しました。


頭の隅に残っていたから、

瞑想中に、そんなイメージが

出てきたのかもしれません。

 


『川の流れみたいに、

時間も未来から過去へと

流れているんだなぁ。

 



何か大きな宇宙の流れから見たら、

 

私たち人間は、アブクみたいに儚い命‥

 

過ぎ去った過去に、

いつまでも囚われてる場合ちゃうな〜』

 

と思い、なんか元気が出てきたんです(^.^)

 


上流へ向かって、

願いのボールをどんどん投げればいい!!

 

できるだけ、

マイナスなボールは投げたらあかん

それも流れてくるし。。


(すでに、めっちゃ投げてしまってるけど。。爆笑)

 

そのかわり、望んだボールが

目の前に流れてきたときに、

そのボールを捕まえられる

自分でいとかないとアカンね!!


ぼーっとしてる場合じゃないな

と思いましたニコニコ

 

 

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こんにちは(^ ^)

kannonです♡

 

 

数年前に母が亡くなり、

81歳の父と接することが増えてきて、

色々感じさせられるこの頃です。

 

 

苦手な父は、自分を見せてくれる鏡(≧∀≦)

 

 

 

 

私にとって父は、とても苦手な人。

 

あまり褒められた記憶がないです。

 

記憶にないくらいの小さい頃は、

 

とても可愛がってくれてたようですが、

 

物心ついた頃からは、

とても厳しくてよく怒られたし、

 

なんとなく、なんでも話せるという感じの

 

父ではありませんでした。

 

思春期になると、そんな父がさらに嫌いに・・爆  笑

 

思い描く理想の父親像と全然違う!!

 

あ〜あ・・って感じでした。

 

なので、色んなことは全て母が窓口でした。

 

 

 

でも結婚して子供が生まれてからは、

 

色々気にかけてくれ、

 

有難いなぁと感じることは多かったのですが

 

何せ、扱いずらくてアセアセ

 

 

 

プライドの高い長男である父と、

長女気質で口が達者な私とは、

勝ち気なところが似ているのか

ホントによくぶつかりました。

 

特に、父の【言い方】が許せなくて、

 

「腹立つわ〜」

「なんでそんな言い方するのムキー」と

 

 

ムカムカしながらも、

わかってもらえないのが情けなく

悲しかったです。

 

 

でも最近は、病気(ガン)もあって

弱ってきています。

 

弟夫婦もいるし、

私も近くに住んでいるので

何かと父の元へは足を運んでいますので、

 

流石に、以前のような

キツイ言い方をすることは減り、

 

「ありがとう。ありがとう」と

 

言ってくれるのですが・・にっこり

 

 

それでも、プライドが高い父は

弱みを見せざるを得ないのに

まだ自分で頑張ろう (気持ちだけ)

とします。

 

 

例えば、週一回来てくださる

ケアマネージャーの方がお風呂の提案を

勧めてくれても、

 

「今日はいいわ。

また自分で入る。

自分で出来る」

 

と言ってしまいますプンプン

 

 

逆に、父自身からの

「お願いの指示出し」はあるのですが、

そのおかげで、義妹や私が

しょっちゅう重複する事態が起こります^^

 

 

色々話しても、なかなか・・

思うようにいきません( ; ; )

 

 

「父が楽になればなぁ・・」と思うのですが

 

それも最近は、良かれと思う私のエゴなのかな 

とも思ってしまいます。

 

そんな父を見ていて

色々考えさせられます。

 

 

視点や立場が変われば

「思い」「考え方」も違う と言うやつですね。。

 

 

父の不必要なプライドも、

 

また私の中にあるのだ と見せられてる

 

 

のようです驚き

 

 

プライド=煩悩の一つ

 

 

不必要なプライドは、

不必要なのだから、いらないですねニコニコ

 

 

プライドで隠す

自分の弱さ・・です。

 

私の中に、まだ捨てるべきプライドがあるのが

よくわかりました。

 

「捨てた方が楽なのに・・」は

私自身への言葉でもありますね。

 

ある意味、父のおかげですニコニコ

 

 

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