4月8日の仏生会はお正月ぶりに江戸川を渡り、金剛峯寺東京別院さまに行ってきました。





本堂の花御堂はとても華やかで誕生仏に甘茶をかけてお祝いしました。


不動堂での護摩の時間でもあったので皆さまの傷病平癒と世界平和を祈願しました。

そして今日4月11日は相棒の二十回目の誕生日です。


桜咲く頃に生まれた相棒は夏の終わりにこの世から旅立ちましたが、しばらくは文字通り泣き暮らしておりました。


そんなある夜、夢に相棒がやってきました。
どこかの桜が咲く坂道の下にいる私に向かって尻尾を振りながらてちてちと小走りに駆けてきて嬉しそうにフンフン鼻を鳴らす。いつもの可愛い相棒でした。
会いたかったよ、可愛いね、大好きだよと撫で回しておりましたが、ふときた方の坂の上を見上げると、そのままそちらに向かって歩きはじめました。


なぜか私の足下に小川が涌き出てだんだん水が増えてきた。慌てて川を跨ぎ追いかけようとしたら
後ろからふわっと誰かに抱き止められ「呼び戻してはならない」「いかせてやりなさい」という声が聞こえました。男性なのか女性なのかわからない不思議な穏やかな声でした。

「もうすぐ四十九日だったのか、本当に旅立つ前に会いにきてくれたんだね、最後まで律儀なヤツだ」
そう思いながら長い長い坂を上がって行く後ろ姿を見送りました。


目が覚めたら泣いていましたが、虹の橋のたもとで私を待ってなくていい、もう苦界に生まれてこなくてもいい。
本当に賢くていいヤツだったので極楽浄土で穏やかにいて欲しい。
そろそろ菩薩さまになった頃かな?

今日はキミが大好きだったかぼちゃのチーズケーキを作ってあげるからね!


この世に生まれてきてくれてありがとう。
私の相棒になってくれてありがとう。
君と過ごせて幸せだったよ、ありがとう。
大好きだ、まろさん!


昨日4月1日に何か言っても嘘のような気がしてしまいそうなので今朝の更新になります。


そんなに閲覧者がいるわけでもなく備忘録のようなブログですが、令和8年の抱負のようなことを改めて記しておきます。




毎年元旦に祈祷してお札をいただくのですが、今年は


「報恩謝徳」
意味を職員さんに教えていただいて決めました。
この約1ヶ月後にびっくりしたことがあったのですが、それは心の中にしまっておきます。


寒暖差が激しい陽気でも一気に咲いた桜が、ようやくまとまって降った雨であっという間に散ってしまう。


でもよく見ると全ての桜が一斉に咲き、パッと散るわけではないんですよね。
焦ることはない、なんなら来年も咲きます。


あ。
貸し借りは「恩」とは違うそうです。

南無大師遍照金剛
南無大師遍照金剛
南無大師遍照金剛

灯りをつけましょ ぼんぼりに 

お花をあげましょ 桃の花 

五人囃子の 笛太鼓 

今日は楽しい ひな祭り



春夏秋冬の四季が極端になり、節目や節句の行事が商業的な単なるイベント化してきてなんだか普通の日本人も過激化してるような気がします。 
外国人の影響とか外国文化に侵食されてるとかじゃなくて…うーん、なんなんだろう?


現代の情報過多、しかもインターネットの急速な普及により情報発信者の主観やフェイクなどが混在する闇鍋状態が嫌でも目に入るSNSで必ずしもそれを直視して何か言わなければならないということではないんですよね。人が情報、それも辛く悲しい現実を受け止め冷静に分析し対応を考えられる能力なんてたかが知れてる。


目耳に飛び込むそれらに対する感情を怒りに変えてあちらこちらに正義のご意見凸なんて、今まさに対応対策にあたってる人たちの手を煩わせることで何かやった気になってもそれは独善的過ぎる自己満足でしかない。 
それは戦争をおっぱじめた連中と何が違うのか?
大人に逆らえない子供を欲望のままに歯牙にかける犯罪者どもと何が違うのか?


 凡人が誰の手も煩わせることなくできることなんてひとつだけだよ。


「祈ること」
それをアピールする必要もない。 
そして自分の日常を過ごすこと。




自戒を込めて。