孤立死 〜 6月のある日の出来事 〜 孤立無援者の視点 | かんみろぐ

かんみろぐ

ファミコン世代の現役高校生という謎の属性を持つちょっぴりヲタクな
UMA甘味堂という人物のどたばた日常記録という名前の日記。
+ポタリング記録とさいたま市某区の空記録がメイン?

私の住む国、日本は孤立死大国と常日頃感じてる。
象徴的な出来事が私の身に降りかかって来た。

勿論、私もアパートメントに居住している。

ある晩、夜10時過ぎ、私の部屋のチャイムが鳴った。
インターホンのモニターをみると大勢の警察官が玄関の前に立っていた。
私も流石に驚いた。

ドアを開けて警察官の話を聴く。
「となりの部屋のチェーンが内側から掛かっているからベランダから隣に入るのでベランダに行っていいか?」と聞かれた。

隣で何かがあったのだろう?

人命が掛かってるだろうから了承をした。

ベランダ側の硝子について警察官に伝えた。
硝子は網入りガラスだから。

結局警察官はチェーンを切り表から入ったようだった。

救急車も来て、隣から様々な音がした。
隣で現場検証が行われたようで、カメラのフラッシュが窓から漏れたのが見え、そしてまた様々な音がした。
救急車は来た時と違い静かに現場を去って行ったようだ。

夜中まで、警察官等の話し声などがしたが、帰ったのだろう、音もしなくなった。

私は流石に眠る気も、無くなり、階段を降り、隣の部屋の郵便箱を見た。
チラシなどは2~3日程溜まってたようだった。
お隣さんにしては珍しいが、ここならたまにあることなので気にも留めなかった。

夜だったが、部屋にいるのも生きた心地がしないから、最寄り駅の隣駅まで彷徨った。
(日本の治安の良さに感謝)

そして朝方となり、帰宅しながら考えた。

私は隣の部屋の住人に何かできただろうか?
何もできなかったかもしれないが、このような事態を避けれたのかもしれない。
ひたすらに考える。

そして後味が悪い一夜を過ごしたのであった。

私のように孤立無援に生きる者。
隣の部屋の住人のように心配する家族がいる者。
どちらも独居生活を送る上で、孤立死は避けられないだろう。

大阪の特殊清掃業者には生前予約ができるという。
私も生前予約をしておこうか迷う。
ポーンと生前予約金を払える身分ならしておくだろう。

何れ私がうっかり部屋で死んだならば、特殊清掃を誰かが依頼するだろう。
その費用も積み立てておかないといけない。

うっかり「死にたい病(希死念慮)」が出てしまうし、そもそも友人などいないし、生まれることすら疎まれ育児放棄を戸籍上の養父?と産みの母親にされた身分故に孤立無援者であると言える。

私は岡山の叔母の件で確かに動いてるようなお人よしではあるが、ハッキリ言って、私生児・婚外子バッシングのこの国で結婚は期待できないし、勿論暮らしたことも無く、戸籍を見ないと三親等が誰かもわからないような身分故に身内に期待何ぞはできない。

某元友人だったかもわからない新鋭の絵本作家がさらりと

「地方自治体に支えて貰ってるかいいじゃん、一人で頑張ってる人いるんだし」

なんて言われ、「死にたい」「孤独である」と他者に訴えることも許されない私のような立場の人間は、一人で終の用意をしておく必要もあるのだ。

葬儀を出す人間も期待できない。
生前の宗教なども無関係に直葬と言う唯々荼毘になるだけというのもわかっている。

私は官に入れられる花は菊の花よりユリの花がいい。

出来れば、仏式より・元々産まれの流れに乗っ取り神式(神式の家です一応)か、一層の事、基督教式がいいと望んでいる。

でもそれすら贅沢なのが、葬儀公助なのである。

もしかしたら私は「行旅死亡人」となるのかもしれない。
荼毘を引き取る身内も、身元を紹介するような友人の期待も出来ない。


iPhoneからの投稿