JR中野駅北口から中野サンモール商店街を抜けていくと、マニア・オタク向けとして有名な
中野ブロードウェイがあります。

正式名称「中野ブロードウェイセンター」は、昭和41年(1966年)、中野北口開発の一環として
ショッピングコンプレックス(商業住宅複合施設)としてオープンしました。

地下3階、地上10階建の建物は、地下2階から地上4階までが商業施設で5階以上は住宅になっています。延べ床面積はおよそ5万6千平方メートルで、その内2万7千平方メートルが商業施設です。


住宅施設になっている「中野ブロードウェイマンション」には、屋上庭園や屋上プール、ゴルフ練習場、住人専用エレベーターなど設備の充実した高級マンションだったため、作家時代の青島幸男氏や
「ザ・タイガース」の沢田研二氏など有名・著名人が多く住んでいました。

住居数はおよそ220戸。今でもその利便性の高さから、入居需要が高く、物件価格、賃貸料ともに
高く維持しています。

地下2階から地上4階までは漫画、アニメ、アイドル、音楽、おもちゃ、サブカルチャー、メイド喫茶、レンタルショーケースといったマニア向け、オタク向けの店舗がおよそ半数以上入店する商業店舗街で、サブカルチャーの殿堂とも云える店舗が並び、毎日世界中から多くのマニアたちが訪れています。
代表的な店としては、漫画古本などのマニア・オタク向け商品店の「まんだらけ」、高級オーディオ・
ビジュアル機器専門店の「フジヤエービック」、大型書店の「明屋書店」、自費出版専門店の「タコシェ」などが入店しており、そのアイテム数に心を奪われ、時間が経つのを忘れます。このため「オタクビル」「オタクの巣窟」「魔の巣窟」の異名を持っていますが、客層は「秋葉原のオタク」とは違った独自の文化を形成していると言われています。


マニア向けの店舗の他には、輸入雑貨からネイルサロン、ペットショップなどあらゆるジャンルの店が
あるため、老若男女、世代を問わず沢山の買い物客、観光客で賑わっています。
秋葉原の正しい読み方について

秋葉原駅周辺は電気街として有名です。
駅の名前になっている「秋葉原」とはどこから付いたのでしょう?

幕末まで、今の秋葉原あたりには火除地があり、そこに秋葉神社(鎮火・防 火の神として、古来より篤く信仰され、各地にあります)を祭りました。

その広場が「あきばがはら」とか「あきばっぱら」と呼ばれていたそうです。
この呼び名が駅名になりました。

今でも地元では「あきはばら」でななく「あきばはら」が正しいと言う人もいるようです。
赤坂サカスの『サカス』は、桜を咲かすという意味であると同時に、赤坂にたくさんある坂=坂s=『サカス』の意味もあります。

ちなみに『赤坂サカス』のローマ字表記「Akasaka Sacas」を後ろから読むと『SACA・SAKA・SAKA』=『坂・坂・坂』となります。

計画当初は「TBS赤坂5丁目再開発計画」と呼ばれていたもので、1994年にTBS放送センターへ本社演奏所が移転した後のTBS旧社屋跡地の再開発を目的に、土地所有者であるTBSとディベロッパーである三井不動産によって行われた計画です。
2008年3月20日にグランドオープンしました。

一時閉館していた赤坂BLITZや、赤坂ACTシアターも全面リニューアルオープンしました。

お台場のフジテレビ、汐留の日テレ、六本木のテレビ朝日(六本木ヒルズ)に続き、赤坂サカスが完成することで、在京民放キー局はテレビ東京を除きいずれも社屋移転時に放送局を中心とした「街」を作り、またそのいずれもが東京の新名所となっています。

また、各局の移転・新築に関連した都市再開発事業としては唯一放送局主導で行われた計画であり、1991年のTBS開局40周年記念の一大プロジェクトは赤坂サカスの完成により実現を見ました。