ちょっと遅めの学級通信

ちょっと遅めの学級通信

卒業したみんなと繋がれる場所として。直接担任として、学年で、部活動で、またそれ以外で関わったみんなに、今自分が海外で活動する中で感じた、伝えたいことを思いつくままに気まぐれに伝えていきます。

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ソペラナの海をバックに(ヒーローとは関係ないです)

前回の記事からはや3ヶ月くらい?が経ちました。1ヶ月ペースは全くキープできていませんが、気にせず書いていきます。

 

コロナが猛威を振るう中、こちらスペインバスクもロックダウンなどで移動が制限され、サッカーも3週間ストップ。

まぁ仕方ないですね、命より大切なもんはないですから。

そんな中ですので、ちょっと最近始めたことが。いろんな人に電話してみようという企画。人との繋がりって大事にしたいなという思いから、なかなか連絡とってなかった人達にいきなり電話しようと。久々に喋りたいという人は連絡くださいね笑

 

さてさて、先日(3週間前)選手にこんな質問をされました。「日本のアニメっていいよね。かんじ、僕のヒーローアカデミア(以下ヒロアカ)知ってる?」と。日本のアニメは本当に人気で、ドラゴンボールとかみんな知ってる。ワンピースも当然。

「もちろん知ってるよ、あれはいいアニメだよね」なんて話をしながら、ヒロアカについて語っていました。

 

今回はそのヒロアカを観て感じたことから話を展開したいなと思います。

主人公は無個性の緑谷出久ことデク君、個性がないのに個性が必要なヒーローを目指していくという話で、「お前、個性ないじゃん」と馬鹿にされながらも努力を重ねるというお話。

詳しくはぜひアニメを見て頂きたい。本当に面白いだけじゃなくて色々考えさせられるので。

 

それを見てまず、考えさせられるんですよね。

「個性ってなんだろうか?」と。

なんでしょうかね、個性って??

どう思いますか?

 

私的にはその人が存在している時点で個性だと思うんです。だっておんなじ人なんていないんですから。例えば自分の意見をバシッと言える人、おとなしい人、色々います。

 

けれども、それを人は評価しますよね。特に日本の社会は、レッテルを貼る。

例えば、「あいつは勉強ができるから素晴らしい、けどあいつは馬鹿だ」

「あの子はコミュニケーション能力が高いけど、あの子は全然自分の意見を言えないから世の中じゃ通用しないよね」

と比べて優劣をつけて、それがその人の人格かのようにレッテルを貼り、そのレッテルはなかなか剥がされない。

私もレッテルを貼られたこともあれば、気付かぬうちに人に貼っていたこともあります。

 

それは社会全体で、そして人を育てる学校現場でも起こっています。先生が生徒にレッテルを貼る、逆に生徒が先生にレッテルを貼る、生徒同士、先生同士でレッテルを貼りあう。

 

特に「普通じゃない」場合にそのレッテルは貼られる。普通、もしくはいい子にしてたら何も言われないけど、ちょっと人と違うことをしてたらすぐに「あいつはダメだ」となる。

 

みんな一度はレッテル貼られてるし、貼っていると思いますよ、良いことか悪いことかは別にして笑

 

え、ちょっと待ってよ、と思いませんか?私の何を知ってるの?と。そしてなぜその「個性」を認めてくれないの?と。

 

いろんな場所でそれが起こっている。そして、厄介なのは「レッテルを貼るぞと思って貼っていない」ところなんです。

自分に対して影響力のある人(仲のいい友達や、先生、親、信頼している人、テレビなどのマスメディアもそう)が発言したことが、「そうなんだ〜」と受け入れられてその対象となる人のレッテルが気付かぬうちに貼られていってしまうということです。

 

日本の文化、習性としてそういう傾向があることはよくわかっているのですが、悲しいですよね。

 

こちらの人も、レッテルを貼ることは当然あるのですが、多くの場合はこうなります。

「あいつのああいうところいいよね、すごいよね。」と。いいところを挙げるんです。

 

そして例えば寡黙な人がいたとしても「静かなことは悪いことじゃないよ、冷静に考えてるってことじゃん」

と。これって大事だなと思いません?

 

何が言いたいかというと、その人の個性を受け入れるんです。そして自分という枠の中で評価しない。

だから体型とか外見を気にしたりする人も少ないし、すごく生きやすいなと思うんです。人を認める寛容さ。

 

少しヒロアカに戻すと、アカデミーではヒーロー候補生の個性が育てられていきます。それぞれにあった個性があり、その可能性を広げていくんですね。

これを見たときにハッと思ったんですよね。皆さん、小中高でどんな教育受けてきましたか?

個性を育ててもらえる環境にいましたか?

NOと答える人が多いんじゃないかなと思います。だって日本の教育はまだまだ「普通」を育てている印象がありますから。はみ出すことが許容されない。(そうじゃない先生も学校もいるのは承知しております)

 

けどそれは学校だけの問題じゃないですよね。

日本の社会の構図の問題、また人の生き方の問題でもありますよね。

 

友達や知り合いが「あの人は〇〇だよねー」とネガティブなことを言っているとどうしてもそういう印象を持ってしまうことはあります。

 

けれどもぜひそんなときに考えてみて欲しいなと。色付き眼鏡で見る前に、透明な自分の心の眼鏡で向き合うことを。

 

難しいですけどね、自戒の念も込めてそうありたいなと思います。

そしてデク君はそういう人間です。デク君のようにありたいですね。

今回の記事はここまで。

 

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では今日はこのへんで。Hasta luego👋