こんばんは。
本日も訪問頂き
ありがとうございます。
母の一周忌が近づいてきて
なんとなくメランコリックな
今日この頃。
先日、叔母(母のすぐ下の妹)が
旅立ちました。
少し前に同居している
もう一人の叔母に
様子を聞いた時は、
玄関で尻もちをついて
腰椎を骨折。
車いすに乗っているが
デイサービスにも
行っているとのことでした。
デイサービスで
あんな人がいるとか
色々話していたそうです。
腰椎骨折は大変なこと
ですが、
私は、叔母が元気そうで
ホッとしていました。
ところが
夜遅くに従兄弟(叔母の息子)から
今夜が山らしいと電話があり、
医師の見立て通り、
夜明け前に息を引き取り
ました。
母の葬儀には、
痛みのある膝に
注射を打って駆けつけて
くれた叔母。
同じ市内に住んでいたので
従兄弟と遊んだ子供の頃は
いつも微笑みながら
そばにいた叔母の姿も
まるで一枚の写真に収まる
風景のように
思い出されます。
まさか、
母を追うように
一年後に旅立つなんて。
お通夜にも葬儀にも
出席したのですが、
親族の食事の際に
「明るくワイワイ団らん
してください。」と
従兄弟は言います。
でも、
我が家はほぼ無言で
食事を頂きました。
母の一周忌も済ませて
いないのに、
叔母の急逝が
驚きとショックで
言葉が出ないのです。
話題も浮かばない、、、。
故人を明るく偲ぶという
趣旨は理解出来るのです。
子供の頃から親戚の
不幸事の際に
お酒を飲んで酔った
叔父達や年長の従兄弟が
ワイワイ宴会しているのが
不思議でしかたなかった。
充分大人になった今も
お通夜や葬儀の後の
精進落としでの
明るく団らんが
私には難しい。
私の感覚がウェットすぎるの
でしょうか。
職場の上司の
偲ぶ会があった時は
葬儀から数ヶ月経過していたので
同僚達とワイワイ団らん
できました。
別れに対する達観が
出来ていないのか、
または、時間の問題ですかね。
どうやら、
私はまだまだ
喪失感からの道の途中の
ようです。