「なっ!これうまいやろ?」
僕がトロハツを頬張りながらそう言うと美久はニコッと笑った。
僕がメニューを眺めながら、トロハツうまそうだな、と言ったとき、美久は「心臓だよ!」と声を上げた。
「焼き鳥でハツ食べたことないん?」って聞くと
美久は「ないよ、心臓なんて!」と答えた。
「焼き鳥でハツ食べへんやつなんて、カラオケ行ってバラード歌わへんようなもんやで」と僕は声を高らかにあげた。
バラード歌わんやつもおるやろ。。。
自分が出した比喩が意外にも的外れで飲んでいるハイボールが不味く感じられた。
出てきたハツをおそるおそる頬張ったとき美久は、「ん!おいしい」と言って僕に笑ってみせた。
その笑顔を見ながら僕はハイボールを飲み干す。
「すいません!ハイボールもう一杯」店員にドリンクを頼む。
「美久は何を飲む?」
「私はもうソフトドリンクで」
そのセリフに僕は落胆した。
僕と美久が知り合ったのは2週間前。
渋谷のスクランブル交差点だった。
赤信号で交差点に立ち尽くしている美久の後ろで、僕も信号待ちをしていた。
そのとき美久の足元にオレンジ色のハンカチが落ちていることに気がついた僕は一瞬悩んだがすぐにそれを拾い上げ、美久に声をかけた。
「あの、これ」
目の前に出されたハンカチを見て美久は、「あ、ありがとうございます!すいません!」と言ってハンカチを受け取った。
それが僕と美久との出会いだった。
そのあと、たまたま話が盛り上がり交差点を渡りきったTSUTAYAの前で僕と美久はLINEを交換した。
そのあと僕はすぐに美久を食事に誘った。
LINEで、美久はお酒が好きだと言っていた。
だから僕は行きつけの大衆居酒屋に連れて来たのだった。
「え!まだビールしか飲んでないやん?もうソフトドリンク?」
僕は思ったことをそのまま口にした。
「だって。酔ったらどうしようもないんだもん」
僕の心がトクンと弾む。
串を豪快に頬張る美久の口元を見て僕は生唾を飲む。
「え、酒弱いん?」
僕は冷静を装う。
「うん、すごく弱いの。すぐ顔が赤くなるから」
美久の顔は確かに紅潮していた。
「あした、仕事?」
「ううん。明日は休み。でも初対面だし、ほらあんまり」
意味ありげなセリフに聞こえて僕はネギマを見つめる。
どっちだ。今日はアリなのか。ナシなのか。
鶏なのか。ネギなのか。
それから30分くらい僕らは何気ない会話をした。
肌が白く柔らかそうな頬をした美久の顔を眺めていた。美久はよく笑う子で、赤くなった顔を時折気にしていた。「なんか暑い」と言いながら手のひらをパタパタとうちわのように動かす。その仕草が男をキュンとさせる仕草だと知っているのだろうか。僕は警戒こそ感じたが、美久の飾らない喋り方や無垢な笑顔にそんなことはどうでもよくなっていた。ハイボールが5杯目に差し掛かったとき、美久はバッグの中に手を入れた。
そのままバッグの中から生命保険のパンフレットでも出すのではないないだろうか、などと変なことが頭をよぎる。アルコールが一気に飛びそうになる。
すると美久はバッグの中からオレンジ色のハンカチを取り出して何も言わずに僕の口に近づけた。
「せーやくん、焼き鳥のタレついてるよ」
そう言ってハンカチで僕の口元を拭ってくれた。
僕は、錆びれたような色の木の椅子に座布団が敷かれただけの簡易的な椅子に座る目の前の女が天使に見えた。
僕たちが出会うキッカケになったオレンジ色のハンカチ。
そのハンカチで口元を拭われたとき、ほのかに柔軟剤なのだろうか石鹸の匂いがした。
僕はそのハンカチに包まれて死んでしまいたいと思った。
そして焼き鳥を頼んだ時、「タレと塩どちらにしますか?」と聞かれた店員に「タレ」と答えて良かった。
塩ならハンカチはバッグの中で眠ったままだった。
焼き鳥の通は塩で頼む、と何かの雑誌で読んで以来、僕は女の子の前では焼き鳥は基本的に塩で頼んでいた。今日だけは心に従ってタレで頼んでよかった。本当にそう思った。
「ありがとう!でもハンカチ汚れるよ!」
「あ、そっか!おしぼりあったね」
そんな天然な美久に僕は心を串刺しにされていた。焼き鳥よりも僕の方が串刺しだった。
美久はソフトドリンクを2杯頼んだあとに、「じゃあ、緑茶ハイください」と店員に注文した。
「え、酒飲むの?」
僕は動揺した。
「だめ?」
上目遣いで聞く美久の目を凝視できず、僕はテーブルの端にある七味に目をやる。
「いや。。。いいけど、今日はもうやめとくって」
「それはさっき!気分が変わったの」
少しわがままに答えた美久に僕は心の距離が縮まったのを感じた。
「おれもハイボール飲み過ぎちゃった」
そう言った僕の顔を心配そうに覗き込むように見た美久は店員から運ばれて来た緑茶ハイを受け取った。
「せーやくん、酔わないでね?わたしが酔ったら誰が面倒みるの?」
ここがホテルじゃなくてよかった。
ここがホテルだったら僕は間違いなく下着を脱ぎ捨てて目の前の子羊に襲いかかっただろう。
「酔ってもいいけど、今日は帰るんだよね?」
僕が単刀直入な質問をしたのには理由があった。
実は前日のLINEで、美久は「あしたは早めに帰るね」とメッセージを送ってきていた。
「うーん、そうだねえ。初対面だし」
初対面だし。。。僕にはそのセリフが引っかかった。今日がもし会うのが2回目なら僕にとっとと抱かれたいということなのだろうか。更にいうと、美久の中で初対面で身体を預けるほど私は軽い女じゃない、と言いたいのだろう。
僕はそれを悟った。
「だよね!おれも初対面のときは酒飲みすぎひんようにしてんねん!だって、初対面でワンナイトとかなったらなんかチャラいやん?」
同調で、返してくることを先読みする。
「そうかな?」
思った返しじゃなかったことに僕は狼狽した。
「え?美久はワンナイトとかあんの?」
アルコールの勢いを借りて聞く。
「全然あるよ!私の周りなんか強引に誘われたら断れないって女の子は結構いるよ!」
でた、私の周りは口撃。
世間的には、私の周りは、で始まる女のセリフは基本的に自分もそうだよという意味だと聞いたことがある。
つまり、美久は僕に強引に今日誘ってと遠回しに教えてくれてる。
「な、なるほどな!」
僕はわざとらしく時計を見る。
「ほなもう22時前やし、店出よか!」
そうしてお会計を済ませ僕たちは店の外に出た。
リングの鐘が鳴る音がした。
ここからが男と女の駆け引きだ。
タクシーをスムーズに止めて、「行こっか」で一撃KOか。それとも近くに休めるところがあるから行こう、でカウンターパンチか。きっと美久のことだから「初対面なのに」と言うに違いない。そのフックは交わしてみせる。僕には、「初対面だけどそのとき2人がどう思ってるかの方が大事じゃない?」という百戦錬磨の返しがある。お会計のとき財布の中身をさりげなく確認したら30000円あった。いける。都内のホテルは高くて12000円。途中コンビニで飲み物でも買っていっても余裕。あしたは、正樹の送別会があるけど、会費はたしか5000円。余裕だ。僕はふとホテルで美久と交わる妄想が頭に浮かぶ。下半身の串が注文されて来る。落ち着け。まだ早い。美久の下着はおそらくピンクだろう。そんな掛けを自分の中で楽しむ。余裕のある男ってこんなもんだ。深呼吸をする。隣を歩く美久を見る。美久は顔を赤らめていて、少し酔っている気配だ。間違いない。強引に誘おう。2ラウンドKOだ。
「美久」
あえて名前を呼ぶ。
心理学的に名前を連呼されると人は親近感が湧くのだ。
「なーにー?」
甘えた声で美久が聞く。
「美久」
もう一度名前だけを呼ぶ。
焦らすわけだ。
「どうしたのー?」
僕は美久の手を握る。
「ちょっと休んでいこうか」
ちょうどタクシーが100メートル先に見えた。こちらに向かって走って来る。空車だ。
勝った。
「いや、行かないから!てか、さっきから独り言激しくない?全部聞こえてんだけど。酔ってるよね?あとさ、初対面で強引に誘ってくる男わたし嫌いだから!」
僕の目の前をタクシーが通り過ぎる。
「え、でも、帰るの?」
僕は蚊の鳴くような声を出す。
「あとは私ね、彼氏いるの!だから他の男に興味ないよ!LINEで言ったよね!早く帰るって!」
美久はバッグからオレンジ色のハンカチを取り出す。
「これ!彼からプレゼントされたハンカチ。可愛いでしょ?」
ノックアウトだった。
僕の下半身の串は、完全に油を吸ったネギのように萎縮してしまった。
彼氏がいた。そんなバカな。
彼氏からもらったハンカチで僕の口元を拭ったのは何故だ。
僕はアインシュタインになった気分だった。
解けるはずのない数式を目の前に時間だけが過ぎる感覚に襲われた。
相対性理論よりも難しいハンカチの答えは出るはずもなく、美久は、じゃあねと言うと地下鉄に乗るために階段を1人で降りて行った。
僕は大衆居酒屋に戻ると店員に、
「あ、さっきの客ですけど。領収書やっぱもらえる?」
と言った。
放っておいてくれ。
女を落とせないんだ。
経費くらい落とさせてくれ。
世の男たちよ。
女心はまだまだ難解みたいだ。
完
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