いつも作品を読んでくださっている皆さまへ。
今まで言えなかったこと、そろそろお伝えしなければなりません。
実は長年、睡眠障害の治療を続けています。
最初に心療内科を受診したのは、10年付き合った恋人に「好きな人ができた」と振られたことがきっかけでした。その頃は、部屋の壁の模様が髑髏に見えることがあり、自分でも普通の状態ではないと感じて受診しました。
その後、結婚・出産を経て、息子がまだ生後6カ月の頃、仕事に復帰しようと小悪魔agehaのコミカライズのお仕事をいただきました。
夫に相談しないまま保育園を探し始めたこともあり、プレッシャーから、また眠れなくなりました。
そこから、ベンゾ系の睡眠薬を服用するようになりました。
ベンゾ系の薬は、依存や耐性が生じるリスクがあり、一般にはできるだけ短期間の使用が想定されている薬です。
しかし私の場合、その服用が長年にわたって続くことになりました。
仕事を受けた後はいったん症状が落ち着いたものの、
その後、夫の大阪への転勤が決まりました。
大阪で暮らしていた頃、息子がインフルエンザにかかり、高熱を出して熱性けいれんを起こしました。
そしてその翌日、夫が突然いなくなるという出来事がありました。
夫は会社で行き詰まり、会社に向かわず、鴨川のほとりで川を眺めていたようです。
会社から電話があり、夫が帰宅したのは夕方でした。
私は発熱している息子を抱えたまま、帰宅した夫をすぐに心療内科へ連れて行き、そこでうつ病の診断書を書いてもらい直ちに夫を休職させると会社に伝えました。
この頃、私の中に「息子と夫の両方を守るのは厳しいかもしれない…」という感情が芽生えました。
夫は、私がかけたプレッシャーもあり比較的早く職場復帰しましたが、復帰後の会社で居心地の悪い思いをしていたことは、私にも感じられました。
一方で私は、息子が熱性けいれんを起こした翌日に夫がいなくなったことを許せない、という気持ちがどこかにあったかと思います。冷たいと思われる方もたくさんおられるでしょうが、その後大阪で、息子が発達障害の診断を受けたことも大きな問題として私にのしかかってきました。
夫には頼れず、とても心細い思いをしていたことを、今でも覚えています。
夫とは別れ、息子と二人で、親友の住む宮崎へ移住しようと密かに決めましたが、
別れを切り出せず、当然ながら
「会社を辞めて俺もついていく」と言われてしまいました。
家族三人を養っていかなければならないという重圧からか、動悸が止まらなくなりました。
再び心療内科を受診し、ベンゾ系の睡眠薬を2種類服用するようになりました。
その後宮崎へ移住しましたが、エリートである夫の仕事はなかなか決まりませんでした。
私が三分の一の給料で夫が働く、ということが許せなかったのかもしれません。
やがて東京での再就職が決まり、夫は単身赴任することになりました。
一方、宮崎では、幼稚園のモンテッソーリ教育や発達支援センターなど、たくさんの方々に息子を手厚く支えていただきました。
息子にとっては、とてもよい環境で過ごすことができたと思っています。
ただ、その間も私の服薬は続いていました。
息子が小学校に上がるタイミングで埼玉へ引っ越してからも、約12年間、薬を飲み続けています。
その後離婚も経験し、
1年前、従兄弟を自死で亡くしました。
突然のことで、それが直接のきっかけだったのかは断定できませんが、その頃から、長年服用してきたベンゾ系の睡眠薬が効きにくくなっていきました。
処方上限まで服用しても眠れず、時にはその倍量を飲んでも眠れないことがありました。
睡眠の問題が、漫画家としての仕事にも影響するようになってきたのです。
とうとう別のクリニックを受診し、
現在はベンゾ系ではない新しい薬への切り替えを進めています。
新薬では、金縛りや悪夢、日中に膝の力が抜けて転ぶなどの副作用があり、つらい思いもしています。
それでも、ベンゾ系ではない薬に切り替えたことで、短時間ではあるものの、少しずつ眠れるようになってきました。
私は弱音を吐くのがあまり好きではなく、愚痴を吐くことなど言語道断、プロ失格!とすら思っていたので、長い間、何事もないような顔をして仕事を続けてきたのでした。
そこで読者さんから「秒で読み終わった、評価★1」等とコメントをされると、実は深く傷き、仕事へのモチベーションも下がっていきました。
でも弱音だけは本当に吐きたくなかったのです…。
実際、「薬さえ効いていれば問題ない」という甘い認識が、依存性のある薬を飲み続けてしまった原因でもあります。
こうして私は、
デートレイプドラッグを盛られても、
「あ、ちょっと眠いな〜」
くらいで笑顔で起きていられる、なかなかヤベー体になってしまいました…。ほんとにヤバすぎですよね。
このような事情をやっと編集さんに話すことができ、
今後は掲載を不定期とさせていただくことになりました。
楽しみにしてくださっている皆さまには申し訳ありませんが、治療と生活を立て直しながら、無理のない形で作品を続けていきたいと思っています。
今作品は、必ず最終回まで描きます。
お待たせすることに対しては大変申し訳なく思っていますが、命あってこそ、とつくづく思います。
愛する読者の皆さま。
これからも気長にお付き合いいただけましたら幸いです。
金城りえ