今日は、久しぶりにのんびりした日曜日です。
午前中にちょっと出掛けて、午後からはゆっくり家で過ごし、皆で映画でも観ようと言うことになり、夕食を済ませてから、今は大泉のシネマコンプレックスで、映画が始まるまで、コーヒーを飲んでいます。
ちなみに今日の夕食は、私がペペロンチーノを作りました。
結構美味しくできました(^-^)

ここのところ忙しくて、ブログの更新もできませんでしたが、この待ち時間を有効に使えて良かったです。

映画は「LOVEまさお君が行く」です!

感想は後日。




母は77才。
24才の時、私を生んでくれました。
当時のセピア色の写真の母は、私が言うのも変なものですが、若く美しい女性でした。
でもその引き締まった口元からは、意思の強さを感じさせ、勝ち気な性格を表しているかのようです。
昭和33年は、高度成長期の入り口とはいえ、まだ皆が貧しかった時代でした。わが家も父と母が共働きで、私と妹を育ててくれました。
母は十分な教育を受けられませんでしたが、道理や人の道といった、人として大切なことを、ことあるごとに私に教えてくれました。
母の教えは私にとって、今でも私のベースとなっていて、私の道標となっています。
この厳しい時代に生きていると、時々
道を見失いそうになりますが、その時に母の与えてくれた道標を思い出せば、自分らしく生きられると思えます。

おかあさん。
ありがとう。


私には二人の母がいます。
と言っても、私の母と妻の母です。
つい一年程前まで、私の両親は福島県の楢原町に住んでいましたが、例の原発事故で避難を余儀なくされ、今は東京の公営住宅に住んでいます。
放射能の影響で、避難している人達の多くは、今も劣悪な仮設住宅で、私達の想像を越える不便な生活を送っておられることを考えれば、私の両親はまだまだ幸せだと感謝しています。少なくとも私にとっては近くに居てくれるだけで安心感が違います。
それでも、今まで苦労してきた老人には、急激な環境の変化は大きな負担になっていて、やりきれない思いも否定できません。
そんな母に、今週末どんな言葉で感謝を伝えようか、今日は一日考えてみようかなと思います。