第五部・十五ノ二話(花里・土方) | さらさの「粗野がーる」

さらさの「粗野がーる」

アメーバの携帯ゲーム「艶がーる」の主人公を、28歳・恋愛偏差値20の女性に置き換えた実験的小説を書いています。

あくまでフィクションなので、深く考えずに読んでください

底冷えする京の冬。ましてや、すでに日は傾き始めている。

畳の上に座していても、冷気が容赦なく這い登る。

吐く息は白く、忍び込む隙間風は身を切る冷たさだ。

 

なのに、閉じた眼裏に広がるのは、陽だまりだった。

 

融けた雪の下から、のぞく若芽。木々の芽が膨らみ、芽吹き、やがて若葉を茂らせる。

吹き渡る風は、どこまでも清かで、凍えた心を柔らかく解く。

花里ちゃんが奏でる三味線は、凍てつく屯所の座敷に一時の春を呼び寄せた。

 

私の訪いを告げに引っ込んだ門番の代わり、顔を出したのは永倉さんで。

 

花里ちゃんの姿を認めると、事情を説明するまでもなく、表情を強張らせた。用向きを告げれば尚のこと、土方さんに繋いで欲しいとの頼みを撥ね付けられることはなかったものの、「気が知れねぇ」と吐き捨てた彼の反応は、当然だろう。

 

けれど、門前で暫く待たされた後、屋敷の中へと誘われたことを、私は意外に思いはしなかった。

 

後から聞いた話では、私と花里ちゃんの訪いと、その用向きを告げられた土方さんは、微笑んだのだという。

その微笑の意味するところも、私にはわかった。

 

土方さんは、「打たれるべき礫」として、受け入れたのだ。

 

彼女の怒りが、私にではなく、自身に向かってきたことを、微笑みでもって。

 

そんな彼は、今、何を思うだろう―――目を閉じたまま、思う。

 

礫と化した音色で、打ち据えられるのだとの覚悟で臨んだ席で、思わぬ春風に迎えられ、戸惑っているだろうか。

いや、私と同じく、激情をぶつけられるより余程の痛みを覚えていることだろう。

花里ちゃんが音に乗せて表す陽だまりも、若芽も、清風も、藤堂さんそのものだから。

 

また、音が変じた。

 

若々しさ、清々しさから一転しての、変調。どろりと重くうねる音に続いて、高く澄んだ一音を最後に、花里ちゃんの三味線は途切れた。

断ち切られるような終わり方だった。

 

―――泥土、の、蓮

 

 

眼裏に浮かんだイメージを追いながら、眼を開くことを躊躇した。

 

今開いたなら、涙が零れ落ちそうだ。

 

「ヌシの意気、確と受け取った。墓の下まで持って行こう」

 

「――――――っ」

 

土方さんの声に、ためらいを押しつぶして眼を開けた。

 

土方さんは一人、敷居を挟んだ隣座敷に座している。

 

人払いがされているのだろう、周囲は何の物音もせず、自分の心音だけがドクドクとうるさいほどだ。

 

襖も窓もぴっちりと閉められているせいで、室内は薄暗い。距離のある隣座敷は尚のこと、土方さんの表情はほとんど伺えない。それでも、彼が身じろぎもせず、花里ちゃんにブレのない視線を据えていることは感じられた。

 

花里ちゃんから返事はない。

ハラハラと目をやった、花里ちゃんは、土方さんに劣らない揺るぎのなさで、真っ直ぐ彼を見つめていた。

 

「不満か?」

 

「へぇ」

 

微かに笑みを含んだ問いかけに、花里ちゃんが即答する。

 

 

「墓までやなんて、ケチくさい。地獄の底までたのみとおすなぁ」

 

 

口調だけは柔らかく、その実、凄絶さすら漂う表情で、花里ちゃんは捻じ込んだ。

 

いのつまに―――今まで、何度も味わった驚きを、改めて感じる。

 

―――いつのまに、この子は

 

 

「心得た」

 

 

短く応え、土方さんは袴を払って腰を上げた。

 

多忙故これにて、と告げ、手を叩く。

ずっと廊下に控えていたのだろうか。

すっと開かれた襖から顔を見せたのは、元服したばかりのように見える少年だ。

 

「済んだ。客人を、門まで案内せよ」

 

 

小姓のような役回りらしい少年に促され、花里ちゃんと二人部屋を出る寸前、堪えきれずに踵を返した。

 

 

「土方さんっ」

 

 

座敷間の襖を閉めて部屋を仕切ろうとしていた土方さんが手を止める。

 

どうした、と尋ねる声は柔らかかった。

 

「あのっ・・・今夜」

 

 

梅鶯庵で会えますかと続ける前に、「しばらくは」と首を振られた。

 

 

「えっと・・私、そうじゃなくて」

 

 

わがままを言っていると思われたのではとの不安が兆し、そうではないのだと伝えたくとも、いつもの如く真に伝えたいことは舌の上でもつれてしまう。

 

花里ちゃんを待たせている焦りも手伝って、掌にじとりと汗が浮く。

それを帯で拭いとり、私は、襖の引き手に掛けられていた土方さんの手をぐいと引き寄せ、両手でぎゅっと。

言葉はもとより、それ以外にできることも見つからず、ぺこりと一礼して座敷を出た。

 

門前では、来たときに使った駕籠が残っていて。

 

往路と同じく、花里ちゃんを乗せて、私は脇を歩く。

頼んだ通り、戻り橋へと向かう駕籠の中から、呼びかけられた。

 

「わてねぇ、わかったような気ぃします」

 

「うん?」

「なんであの人が、土方はんを好いてはったんか」

「・・・そう」

「さくらはんが好いてはるワケぇも」

「・・・・・・・」

 

胸が詰まって何も言えず、私は黙々と駕籠に従い歩いた。

 

駕籠かきの掛け声だけが、薄闇が這い始めた路地に響く。

花里ちゃんもそれっきり話しかけてはこなかった。

けれど、いつしか私たちの周囲には、雪解けを促す陽だまりの気配が漂っているのだった。

 

続く

 

 

初出

 

2018/10/18