第五部・十四ノ六話(菖蒲・玉緒) | さらさの「粗野がーる」

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アメーバの携帯ゲーム「艶がーる」の主人公を、28歳・恋愛偏差値20の女性に置き換えた実験的小説を書いています。

あくまでフィクションなので、深く考えずに読んでください

かなんわ

 

泣かへんと決めたんに

 

涙が止まらしまへん


下鴨はん

 

フタバアオイ

 

ふたび逢ふ・・・そない不思議なことがおすんやなあ


慶喜はんの文を読んだときは

 

この世には神さんも仏さんもいはらへんのやろか思うたけんど

 

いはるんやなあ


そうどすな

 

旦那さんと巡り逢わせてくれはったんも

 

神様か仏様のおかげどすわなあ


旦那さんなあ

 

慶喜はんの傍にいきたいと言いはったんや

 

藍屋の主よりも草とやらのお頭よりも

 

兄でいたい―――て


そない言われてしもたら・・・わて、止められしまへんどした

 

さくらはんにも無理?

 

そうどすか

 

そう言うてもらえると、ちいとは安気どす


フタバアオイ―――ふたび逢う

生きてたら、ふたび会うこともできますわなあ

ずっうっと後になったかて、生きてたら・・・・・・



―――二階で響いていた三味線の音が、ビィンッと耳障りな音を最後に途絶えた。

どうやら、弦が切れたらしい。

同時に私の物思いも断ち切られた。


油小路の惨劇から七日。

主を番頭さんに、花車をお結さんに据えた新体制で、藍屋は何事もなかったように営まれている。

丁稚と禿がそれぞれ二人ずつ、風呂番の男衆に、見習い遊女が一人。玉緒さんは天神に据え置かれ、菖蒲さんは芸子をしながら遣手として藍屋に残ることになった。

番頭さんが進退に気を揉んでいた豊菊さんも、雲隠れする様子はなく、飄々としながらも艶やかに太夫を務めている。

利き腕を吊ったままの又吉さんは、当たり前のような顔をして台所に居ついた。口は出すが手は出さないと決め込んで、私は顎で使われていた。


何も変わらないかと言えば、もちろんそんなことはない。

何事もなかったような顔を決め込んだとて、あったことがなかったことにはならないのだ。

暫しの静寂の後、再開された三味線の荒れた音を聞きながら、私は溜息をつた。


花里ちゃんが、笑わなくなった。

話しかければ返事はしてくれるし、微笑もうとさえしてくれることもある。

玉緒さんに聞けば、座敷では、明るく華やかに振舞うのだと言う。

痛々しいて見てられへん、との玉緒さんの言葉には、頷くしかない。


いっそ、殴ってくれれば。

泣きながら罵って、思うさま固めた拳を叩きつけてくれれば。

詮無いことだと知りながら、思いは堂々巡りを始めてしまう。

やり場のない怒りが生むのだろう鬼の芽を摘む方法を、私はまだ見つけられずにいる。


「藍屋を出たほうがいいのでしょうか」


髪結いの手伝いをしながら、ぽつり漏らした悩みに、玉緒さんが鏡越しに視線を寄越した。

髪結いさんの手元を食い入るように見ている菖蒲さんが、「さくらはんが?」言わずもがなの問いかけをする。


「あんさんが悪いわけやおへんのに」

「それはそうかも・・・ですけど」

「土方はんが悪いわけでもおへん。壬生浪はんらにも衛士はんらにもそれぞれ言い分がおすのやろ」

「わては、かなん」


口を挟んだのは、玉緒さんだ。


「わ、ては、あんさ、んに居って、ほしお、す」


髪をぎゅうぎゅうと引っ張られながら無理に話すものだから、やけにたどたどしい。


「日に、ち薬どす、え、さくらはん」


髪結いさんを手で制し、玉緒さんは艶然と微笑んで見せた。


「わてかて、こうして笑えるようになりました。けんど、悲しいないわけやない。誰に先立たれたとて、残されたもんは、悲しいんを飼い慣らしてしかんならんのどす」


生まれたばかりの美咲ちゃんを亡くした玉緒さんの言葉は、重すぎる。自然下がった頭の上で、菖蒲さんが小さく笑った。


「あんさん、それ、花里に聞かしたって」

「へえ、何回かて言い聞かせまひょ」


これでお終いとばかりに菖蒲さんが手を打ったのを機に、玉緒さんはまた鏡に向き直り、鼻の頭を赤くした髪結いさんが櫛を手にする。


玉緒さんに諭されたら、花里ちゃんは泣き言を漏らす場所すら無くしてしまう。

あまりに酷だと思えども、他の妙手を思いつけもせず、私はあれから初めての、「六のつく日」を迎えようとしていた。



続く


初出2018/01/17