かなんわ
泣かへんと決めたんに
涙が止まらしまへん
下鴨はん
フタバアオイ
ふたび逢ふ・・・そない不思議なことがおすんやなあ
慶喜はんの文を読んだときは
この世には神さんも仏さんもいはらへんのやろか思うたけんど
いはるんやなあ
そうどすな
旦那さんと巡り逢わせてくれはったんも
神様か仏様のおかげどすわなあ
旦那さんなあ
慶喜はんの傍にいきたいと言いはったんや
藍屋の主よりも草とやらのお頭よりも
兄でいたい―――て
そない言われてしもたら・・・わて、止められしまへんどした
さくらはんにも無理?
そうどすか
そう言うてもらえると、ちいとは安気どす
フタバアオイ―――ふたび逢う
生きてたら、ふたび会うこともできますわなあ
ずっうっと後になったかて、生きてたら・・・・・・
―――二階で響いていた三味線の音が、ビィンッと耳障りな音を最後に途絶えた。
どうやら、弦が切れたらしい。
同時に私の物思いも断ち切られた。
油小路の惨劇から七日。
主を番頭さんに、花車をお結さんに据えた新体制で、藍屋は何事もなかったように営まれている。
丁稚と禿がそれぞれ二人ずつ、風呂番の男衆に、見習い遊女が一人。玉緒さんは天神に据え置かれ、菖蒲さんは芸子をしながら遣手として藍屋に残ることになった。
番頭さんが進退に気を揉んでいた豊菊さんも、雲隠れする様子はなく、飄々としながらも艶やかに太夫を務めている。
利き腕を吊ったままの又吉さんは、当たり前のような顔をして台所に居ついた。口は出すが手は出さないと決め込んで、私は顎で使われていた。
何も変わらないかと言えば、もちろんそんなことはない。
何事もなかったような顔を決め込んだとて、あったことがなかったことにはならないのだ。
暫しの静寂の後、再開された三味線の荒れた音を聞きながら、私は溜息をつた。
花里ちゃんが、笑わなくなった。
話しかければ返事はしてくれるし、微笑もうとさえしてくれることもある。
玉緒さんに聞けば、座敷では、明るく華やかに振舞うのだと言う。
痛々しいて見てられへん、との玉緒さんの言葉には、頷くしかない。
いっそ、殴ってくれれば。
泣きながら罵って、思うさま固めた拳を叩きつけてくれれば。
詮無いことだと知りながら、思いは堂々巡りを始めてしまう。
やり場のない怒りが生むのだろう鬼の芽を摘む方法を、私はまだ見つけられずにいる。
「藍屋を出たほうがいいのでしょうか」
髪結いの手伝いをしながら、ぽつり漏らした悩みに、玉緒さんが鏡越しに視線を寄越した。
髪結いさんの手元を食い入るように見ている菖蒲さんが、「さくらはんが?」言わずもがなの問いかけをする。
「あんさんが悪いわけやおへんのに」
「それはそうかも・・・ですけど」
「土方はんが悪いわけでもおへん。壬生浪はんらにも衛士はんらにもそれぞれ言い分がおすのやろ」
「わては、かなん」
口を挟んだのは、玉緒さんだ。
「わ、ては、あんさ、んに居って、ほしお、す」
髪をぎゅうぎゅうと引っ張られながら無理に話すものだから、やけにたどたどしい。
「日に、ち薬どす、え、さくらはん」
髪結いさんを手で制し、玉緒さんは艶然と微笑んで見せた。
「わてかて、こうして笑えるようになりました。けんど、悲しいないわけやない。誰に先立たれたとて、残されたもんは、悲しいんを飼い慣らしてしかんならんのどす」
生まれたばかりの美咲ちゃんを亡くした玉緒さんの言葉は、重すぎる。自然下がった頭の上で、菖蒲さんが小さく笑った。
「あんさん、それ、花里に聞かしたって」
「へえ、何回かて言い聞かせまひょ」
これでお終いとばかりに菖蒲さんが手を打ったのを機に、玉緒さんはまた鏡に向き直り、鼻の頭を赤くした髪結いさんが櫛を手にする。
玉緒さんに諭されたら、花里ちゃんは泣き言を漏らす場所すら無くしてしまう。
あまりに酷だと思えども、他の妙手を思いつけもせず、私はあれから初めての、「六のつく日」を迎えようとしていた。
初出2018/01/17