<猫と泥棒と>

一つめ

「ニャ~~~」



今日も僕の退屈な一日が始まったのだ。


手と足をいっぱいに伸ばして伸びをした後、

いつものように僕は僕のご主人を起こそうと、

ご主人の寝ているボロい布団のそばへとかけよった。


「ニャ~ニャ~」


まだ子猫である僕のカン高い声がご主人の耳に入る。

ご主人の機嫌はすこぶるいいらしく、

今日は一度で目を覚ましてくれたのだ。


「おはよう、猫」


目をこすりながらご主人が僕に挨拶をしてくれた。

よほど今日は目覚めがいいみたいなのだ。


「ニャ」


ご主人のこんなに機嫌のいい日は

僕も奮発して返事をしてみせたのだ。


ご主人の顔もなんだかうれしそうだ。

ご主人はそそくさと布団をたたんで、

僕には大きすぎる部屋の隅っこの方に片付けた。


ちょっとボーっとして天井を見てから、

ご主人は使い古されたカミソリを取り出して、

肌を傷つけないように慎重に慎重におひげのカットをし始めた。


こんなことをするのは一週間でも一日しかない。

そう、それはご主人の、ご主人の、ご主人の、

お仕事の日なのだ


僕はお仕事の日のご主人が特に好きなのだ。


なんでって、それはそれは後で教えてあげる、


ご主人はご主人が一つだけ持っている


ご主人ご自慢の真っ白な服に着替えるのだ。



ご主人が昨日家を空けたのも、

この一張羅をきれいにするためにいったのだ。


このときのご主人の顔は

いつものご主人とは一味もふた味もちがう味なのだ。



え、ご主人の仕事はなにかって、

それはそれは泥棒さんなのだ。

悪いことじゃないかって、


それはそれは全く全然完璧に

宇宙がひっくり返っても違う話なのだ。


ご主人はよく僕にいってくれるのだ。


「努力すれば救われる、悪いことをすればバチがあたる。

そんなのは全くの嘘っぱちだよ、猫。


誰かが損をすれば、誰かが得をする。

誰かがお腹いっぱいになれば、誰かが空腹で苦しい思いをする。


人間に与えられた幸せの量は神様がもう決めてしまったんだ。

いや、人間じゃないね、全てのものの幸せの量だ。


だから人間がいい思いをすれば、

するだけ他の動物は不幸になる。


僕が働けば僕がいい思いをする分だけ、

他のなにかが辛い思いをする。


だから僕は働かないのだよ。

幸せすぎてその幸せを消化できない連中から

少しだけそのいらない分を盗むのさ。


そうすれば僕は誰も傷つけることはない。

泥棒というのはまさにこの世で最もすばらしい職業なんだよ。

わかってくれるだろ。猫。」


こう言われたとき僕はきまって


「ニャニャ」


と一番いい返事を返す。

そうするとご主人も僕の頭を優しくなでてくれる。


 あ~僕の大好きなご主人がお仕事へいってしまう。

胸を堂々と張って、僕に挨拶をして、

ご主人の大事なバックをもって、出て行ってしまった。


ぼろい木製のドアを開けるとお日様が上のほうに見えた。

あ~僕は一人になってしまった。


ひとりになった。


暇だ。


暇だからちょっとだけ君達と話をしてあげよう。

君の世界へいってあげよう。



え、何でお前は猫のくせに話せるのかって、


僕は人の言葉なんて話せないし、

話してるつもりはないのだ。


もし僕が話しているように見えるなら、

それは君が僕の言葉を理解してるだけなのだ。

決して僕が君の言葉を話してるわけじゃないのだよ。


え、何でお前は猫のくせに人の言葉が分かるのかって、

そんなことを聞くのは野暮なのだ。


君が僕の言葉を理解できるなら、

僕がご主人の言葉を理解できてもなんにも

不思議はありゃしないのだ。


だいたい、自分の知っている範囲でしか

物事を捉えられないなんて、


自分の知らない範囲にある物事を

虚構だと思うなんて、


君それは子猫以下のくずのすることだよ。

君。まあ子猫は賢いけどね。なんせ僕なんだから。



さて、君達とこれ以上話すなんて

僕の大切な暇な時間がもったいないのだ。


僕はこの大切な暇を大事にするのだ。


また暇で暇でたまらなくなったら、

相手をしてあげるかもしれないのだ。


君の世界へいってあげるかもしれないのだ。

僕は子猫、気まぐれなのだ。


それじゃあ、僕は僕の世界へ戻るとするのだ。

きっと分かってくれるのだ。

さて慎重なお顔の手入れができた後、