少し前になりますが、

2019年1月24日、
アデレードが地球上で最も暑い街になった日(48度)、
無事にオーストラリアの永住権がおりましたー(o^^o)


いやーーーーーーーー
長かった!!!(^◇^;)

丸8年ですよ(^◇^;)

よく諦めなかったな!😂

諦めかけたことはありましたが、その度に主人と話し合い、励まし合い、ここまでたどり着きましたね☺︎

本当にたくさんの友人、知人、家族に支えてもらいました!

本当に感謝でいっぱいです!
ありがとうございました!!

主人が卒業してから永住権取得までの流れを今日は書いてみようと思います!☺︎
長くなると思うので、お時間ない方はささーっと流してください😁

主人が大学を卒業したのが、2017年5月。
学生visaが確か7月いっぱいまであったのかな?

とりあえずそのまま永住権申請にうつりたかったのですが、
何せ書類が多いもので、それが間に合わず、
まずは卒業visaを取りました!

学校を卒業した後、1年半フルタイムで働けるvisaです☺︎
2011年の秋以降に学生になった人は、確か2年とか働けるのかな?
うちはそれ以前から学生だったので、新しい法律が適用されないため1年半だけでした。

で、書類が揃い次第まずSub189(?) skilled independent visaで永住権をまず申請。

これはポイント制で、ポイントが高い順に永住権がおりていくというシステム。

うちはギリギリのポイントだったため、結構待たないといけないだろうなーって感じでした。

そして予測通り、待てど暮らせどこない(^◇^;)

エージェントを使って申請していたので、エージェントが このままだといつになるかわからないから、
SAスポンサーの方で申し込もう!という提案をもらいました。

これも色々と条件があるのですが全てクリアしていたため すぐにapply。

Sub190 州のスポンサーvisaです☺︎

私たちはSA州なので、私たちが適任か判断してもらうためにまずSA州の政府に書類を送り査定してもらい、適任であると認められるとSA州がオーストラリア全土を管轄する移民局に推薦状みたいなものを送ってくれて、そこからまた順番を待ち、次はオーストラリア全土を管轄する移民局が審査し、OKが出れば永住権が降りるというものでした。

まずSA州に審査してもらったのが2018年の4月。

約3週間後にOKの連絡がきたので、移民局へ書類を提出したのが5月。

9月あたまに移民局より、追加書類を28日以内に出すよう連絡がきました。

その追加書類が本当に大変で(^◇^;)

ここでは伏せますが、それはそれは大変で この8年間で1番、無理かもしれないと思いました!(^◇^;)

私たちでどうこうできる内容ではなかったので(^◇^;)

とーにかくその書類たちをどうすれば集められるのかネットで検索しまくり、でも載ってないんですよねー(^◇^;)
私たちがちょっと特殊すぎて(^◇^;)

日本にいる家族にも手伝ってもらい、これ以上出せる書類はない!!っていうレベルを出しました。笑

親友にも相談したんですが、この時のことを親友は、
「もーあの時どうしたらいいかわからなすぎて、
白髪50本くらい一気に増えたわ!」って言ってました😂

提出できたのも期限ギリギリ(^◇^;)
もうこれで無理なら仕方ない!って感じでした。😂

それから4か月後に無事おりたのですが、
それが木曜日でして、私は14時まで仕事でした。

仕事が終わってスマホを見ると主人からメールが。

“ Do you want to go to NNQ or Hogs or shall we dance?”

初めは、この日の夜に主人は友達と勉強会の予定だったので、みんなでご飯でも行くかと聞いてきたのかなと。

でもダンスするって何?と思いもう一度読み直すと、

私たち、願掛けのために大好きなベトナム料理とステーキ断ちをしていました。

お気に入りのベトナムレストランの名前がNNQ。

ステーキ屋さんの名前がHogs。

やっとわかった!

永住権か?!!!!!!!!!!!!!

急いでemailを確認するとエージェントからのemailが。

もーその場で信じられないパニックと嬉しさで号泣😂

一緒にいた同僚たちもビッグハグで一緒にめっちゃ喜んでくれて 更に嬉しかったー😂

間違いなく、私たちの人生で最も大きなアチーブメントの一つです!

簡単じゃなかったこの8年。

そのプロセスに大きな意味と価値がある。

いつも主人の両親が、まゆみちゃんがいてくれるからこんなに頑張れてるんよ!って言ってくれはるんですけど、私もです。

私一人でなんか絶対にたどり着けなかった。

二人で歩む
遠い道もくたびれない

この人と一緒に歩める人生に感謝でいっぱいです☺︎

最後にもう一度、

みなさん、たくさんの応援やサポートを本当にありがとうございました!☺︎


学力よりも人間力を問われる仕事

介護の仕事をしていると

自分の人間力が丸裸になる

その日の自分の調子、気分、考え事

全てがそのままレジデントの反応となって自分へ返ってくる

こちらが頭で動こうとすると

相手は絶対に動かない

こちらの心なんてレジデントは丸わかり

自分よりも遥かに多くの経験をされてきた人生の大先輩

ちょろまかすなんて通用するわけがない

あたりまえ

どれだけ本心でこの仕事をしているか

どれだけ純粋にケアと向き合っているか

そこに少しでも自分のエゴが入れば

きっと同じかたちでレジデントから戻ってくる

頭では誰だってわかる

言葉にするのは簡単

それをどれだけ体得するか

面白いほど日々修行☺︎
長らくぶりです☺︎

またポツポツと始めようと思います☺︎

アデレードへ来て8年目。
介護のお仕事を始めて4年目。
visaは永住権を申請し、ただいま審査待ちでございます(*´ω`*)
主人は無事、去年に大学を卒業し、プライベートクリニックでフィジオとして働いております(*´ω`*)
こちらで勉強を6年頑張りましたから、お仕事をさせてもらえること、フィジオとして生きられることをとても楽しんでいるようで何よりです(o^^o)

私はというと、ただ今、パーソナルトレーナーの資格を取るべく勉強中です☺︎
とは言え、私の目標はジムで働くことではなく、リハビリ系の仕事へ就きたいので始めました☺︎

ブログ再開のキッカケと今後について、今日は書きたいと思います☺︎

キッカケは主人に言われた、
「そういうのをブログに書いた方がいいよ」
という言葉だったのですが、
「そういうの」というのは、私の少し変わった考え方についてです☺︎

少し自分のことについて書きますが、

私は中学生の頃からとても死生観を強く持って生きてきました。
キッカケはたくさんありまして、

一つの大きなキッカケは、同じ歳の幼馴染が、私たちが中学2年生の時に事故にあったことです。

バイク事故だったのですが、事故直後は心肺停止。

たまたま病院の前で事故があったので、大きな音を聞きつけた看護師さんたちが飛び出してきて、すぐに人命救助にあたってくださいました。

なんとか呼吸は戻ったものの、意識が戻るまで20日かかりました。

脳の損傷が大きく、意識が戻ったときには半身不随、視力は明るさがわかる程度、聴力もほとんどない
そういう状態でした。
目が覚めた彼女が泣きながら言った言葉。

「なんで死なせてくれなかったの?」

その後、リハビリを一生懸命頑張り、
彼女は今は前向きに生きています☺︎

その後、私が高校3年生のときに、仲の良かった先輩が一人、後輩が一人立て続けに亡くなったこと。

仲の良かった兄の友達が亡くなったこと。

感受性の多感な時期のこういった出来事はとても衝撃的で、生きる ということ、死はとても身近であること
そんなことを考えながら生きるには、
十分なきっかけとなりました。

なので、高校を卒業して海外へ出るときも、

家族や友達に会えるのはこれが最期かもしれない。

それでも行くのか

そういったことを考えながら 人生の決断をしてきたように思います。

大げさに思われるかもしれませんが、人生とはそういうものじゃないかと思います。

自身も数年前にアナフィラキーショックでとても死に近いところへいきました。

深い深い海へ堕ちていく感覚

そこはとても静かで平和で心地よいところで、ずっとそこにいたい

でもずっと遠くから聞こえる自分の名前を呼ぶ声

あまりにずっと呼んでいるので、仕方なく返ってくると、この世でした。

20歳を過ぎてからも、お世話になった方々、何名か亡くなられています。
みんな突然逝っちゃうんですよ。

でも、なぜか必ず夢に逢いに来てくれます。
だいたいその後、亡くなったことを知ります。

こういった体験、まだまだたくさんしてきました。

そのためかわかりませんが、私の生きる一つのテーマ。
それは、

今を生きる

私の座右の銘です。

過去はない
未来もない
あるのは 永遠に続く 今 だけだ
今 を 生きろ
今 を 生ききれ

禅の寺のお坊さんが言われたお言葉です。

深いですね。

頭ではわかっても、どれだけ腹に響かせられるか。


最近、Yogaを始めました。

もともとは筋トレで怪我を増やさないために取り入れたのがキッカケだったのですが、

やればやるほど、

これは自分を見つめる修行だなと思います。

今を生きる ための修行

自分と向き合った分だけ 人とも向き合える

そういう考えをもともともっていたので、そんな自分にピッタリの修行だなと思い、これからも続けていこうと思います。

そして、そこで得た何かを、ここに残していけたらと思い、再開しました☺︎

なので、内容は私のjourneyとなります☺︎

頻度はわかりませんが、自分のペースでいこうと思います☺︎

では、また☺︎