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世界はでっかい宝島

もうすぐ2児の母。
インターネット広告→ケータイゲーム開発運用→産休、育休→スマホゲームマーケティング→産休。

仕事60点/家事60点。
それはかつて同期であり、ワーキングマザーの先輩であった女性が言っていたらしい言葉。
ワーキングマザーしていると、どっちもすごく頑張っても、どっちも60点くらいになる。
イマイチな点数だけどら足したら120でキャパオーバーしてる。
的な話だったかと思います。
私は深い意味なく、この話が好きでした。なるほどね、と。


◼︎気づき
産前休に入り、もうすぐ1ヶ月。
気づいたことがあります。それは

「私、家事60点くらいやってると思ってたけど、違ったわ」

ということ。


◼︎ワーキングマザーの3年間
ほぼフルタイム(フルタイム=8時間勤務とした場合)で働き、1児の母をしていた時はこんな感じでやっていました。

・朝ごはんはおにぎりと味噌汁、トーストとフルーツヨーグルト、とか簡単に
・お弁当は作らない
・夕飯は週の7割、忙しいと5割
・夕飯品数は一汁一~ニ菜が多い
・洗濯3人分はほぼ毎日
・掃除機は週に一回、家中まとめて
・食卓とキッチンは毎回拭き掃除
・お風呂は浴槽の掃除がメイン、壁やらない
・模様替えは気が向いたときだけ
・断捨離は年末だけ

家事が好きだったり、家事力の高い方は、週末にガッツリ掃除したり、常備菜仕込んだりがあると思います。
体力気力家事力のない私は「土日は休みたい!休みたいんだ!掃除機とリネン洗濯が増えるだけで限界や!」と思っていました。今も思ってるけど。

元々家事が好き、とかではないので、個人的には十分。
残業しない分は早く帰れるものの、その分昼間集中するから、帰宅時にはクッタクタなので、上記で限界でした。
(家事代行を調べたくらいには)


◼︎産前休で増えていった家事
産前休に入ってしばらくは大きく変わらず、できるだけゆっくり過ごしていました。
が、少し慣れてきたところで、下記が加わり始めました。

・夕飯は毎日作る、一汁三菜が基本
・週に何回もパンを焼く
・保存食を仕込む
・週に1回は断捨離
・あらゆる収納グッズを購入し、整える
・キッチンや収納、壁やテレビなど念入りに拭く
・家具への関心が高まり、数年先までシミュレーションをする


◼︎気づき⑵
この辺りをやり始めて思ったのは

「家事は奥が深い」
「しっかりやると家が充実する」
「ていうか、家の中がきれいになった」

ということ。そして

「家事60点だと思ってたけど、30~40点くらいだったわ」

ということ。
勿論どこまでやるべきかは終わりのない話ですし、作業量が増えても効果=点数は純増せず伸びが鈍ると思われます。
が、世の中のステキ主婦たちと私との差はこんなにもあったのか!と実感し始めました。

そしてその差を毎日の中で時間換算すると、ほんの1~3時間くらいなのでした。

この数時間(と、体力と気力)がステキ主婦と私との差を産むのか。


◼︎気づきからの結論
自分の家事力の低さ、ステキ主婦との差分を実感。
その差分は少しの時間で埋められる可能性がある。
が、仕事復帰したら、そこに割ける気力体力が生み出す事が難しいと想定できる。

結論としては今のうちに、家事力低くてもステキを装える環境を、1日1~3時間かけて、整備しておくべきである。ということ。

次復帰したら、その先産休取る予定はないので
本気で手間のかからないステキを実現しないと、我が家は10年20年掛け、じっくり荒れていくだろう。怖。
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夫が母の日にと、お花を買ってきてくれた。

やはり出来た旦那である。

お花はやっぱりうれしいですね。
白い花すきニコニコ

母というものはとても疲れるけど、やはりとても幸せなものだと思う。


母の日。


そろそろ自分の母を旅行にご招待したい年頃である。

とか考えていたら、衝撃的な事に気づく。

「一緒に過ごしてきた時間より、残された時間の方が少ない」

ということ。
(可能性、だけど高い可能性)


無理してでも頻度高く会うべきだなぁ。
温泉入りながら、母の人生の物語を聞くべきだなぁ。
と思う。
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「行かない」

「帰らない」

そう言って、帰宅拒否をする息子。
最近の帰宅時の風景。


ただ保育園に大好きなおもちゃがあるからかもしれない。

今夢中になってるからかもしれない。

イヤイヤ盛りの2歳児だからかもしれない。

でも違う。と、直感的に思う。
おそらく本当にいやなんだ。

「ごはん食べる?」

「たべない」(食べるけど)

「ママの事すき?」

「うん」

なんだろう、考えるうちに気がついた。

「ママと一緒に遊ぶ?」

「あそぶー!」

そう。やはりそうだ。
帰ってもご飯の準備~食事~お風呂掃除~お皿洗い~お風呂~歯磨き~お布団へ・・・とずーっとバタバタし、一緒に遊ぶ事がほとんどないのだ。

帰って遊んでもらえない(自分を見て共感してくれない)のなら、保育園にいた方がいいのだ。


息子はさみしいのだ。


でもさみしいってよくわからないし、思ってもさみしいと言えないのだ。

あぁ、何て事をしているんだ。
改めなくては。

そう思い、多少、更にやるべき事を後回しにしても良しとした。

まず帰ったら遊ぶ。
遊びに集中し始めたら夕飯用意する。
食べ終わってまた遊ぶ。
ひと遊びしたらお風呂の準備。など。

とにかく話しかける。話を聞く。
一緒に歌う。一緒の事をする。一緒のモノを見る。

それだけで、少し息子は嬉しそうだ。
(これでもう1時間早く寝られれば最高だ)



子どもはどんどん育つ。
心も育つ。感情が増える。

息子のさみしい気持ちはかなり前から出ていた。

保育園だけじゃない。
自分がいるのに携帯電話をかまうパパママ。
遊んでほしいのに忙しそうに動くパパママ。

「みてみてー」
「よんでー」
「マーマー」
一生懸命呼ぶ声。

今からでも遅くない。

今一度、息子と向き合う。
ただ好きだよと言い、抱きしめるだけでない。
もっと同じ事をする。
もっと同じ本を読む。
もっと同じモノを見て笑う。

自戒と決意のBlog。