これまで躊躇していたが、初めて御神木に抱きついてきた。想像以上にゴツゴツしていた。
ここのところ大規模な戦の準備に追われている。今月は1日も休むことができない。
職場は職場でいくつか問題を抱えており、どこかが常にガサガサしている。テレビやネットで目にするニュースのうち、私の仕事に関連するものは決まって悪いニュースだ。
神社には昼前に着いた。「ひとの目なぞ関係ない、今日は絶対御神木に抱きついてパワーを戴いてやる」と覚悟を決めた。
御神木に挨拶し、しばらく抱きついた。私が不調だったときに購入したのと同じお守りを買った。当時の私同様不調になってしまった知人に渡してやろう、早く良くなって欲しいと思う。
初詣などで神社に参拝するたび、これまでは家族や知人のことを祈っていた。昨年くらいからそれを止めた、ただ自分のことを祈ることにしている。きっとイコールだろう。
だから、御神木から戴いたパワーは私のものだ。あとは戦のヒーローになっちゃろう。
隣の若い衆によると、子猫は大家が面倒を見ているとのことだ。良いニュースもあった。
マンションの一階に住んでおり、隣は会社の事務所として使われている。その会社の社長や若い衆たちと顔馴染みになって随分経つ。朝に顔を合わせば「行ってきます」「行ってらっしゃい」、帰宅時に顔を合わせば「お疲れ様です」「お帰りなさい、早かったねー(私の帰宅はたいてい早い)」といった感じの仲だ。
今朝、家を出ようと玄関に行くと、外からみゃーみゃー声が聞こえてきた。出ると、隣の若い衆が困った顔で子猫を抱いている。「やはり産まれたか!」と思いながら、「その子どうしたんです?」と聞くと「駐車場の隅で鳴いてたんです、目も開いていない」と若い衆。色もそっくりだし、間違いなく(元)同居人の子だろう。
しかし、何故奴は子供を放っておいたのだろう。後で迎えに来るつもりだったのか。猫的にのっぴきならない事情があるのかもしれない、しかし放置していたら子猫は死んじゃうのではないのか。
出勤に急いでいたため、子猫を抱く若い衆に曖昧な挨拶をし、マンションを出た。子猫に幸せなルートが待っていると良いのだけれど。
帰宅後、一応ベランダを覗いてみた。誰も居なかった。そもそも奴も元気なのだろうか。
今朝、家を出ようと玄関に行くと、外からみゃーみゃー声が聞こえてきた。出ると、隣の若い衆が困った顔で子猫を抱いている。「やはり産まれたか!」と思いながら、「その子どうしたんです?」と聞くと「駐車場の隅で鳴いてたんです、目も開いていない」と若い衆。色もそっくりだし、間違いなく(元)同居人の子だろう。
しかし、何故奴は子供を放っておいたのだろう。後で迎えに来るつもりだったのか。猫的にのっぴきならない事情があるのかもしれない、しかし放置していたら子猫は死んじゃうのではないのか。
出勤に急いでいたため、子猫を抱く若い衆に曖昧な挨拶をし、マンションを出た。子猫に幸せなルートが待っていると良いのだけれど。
帰宅後、一応ベランダを覗いてみた。誰も居なかった。そもそも奴も元気なのだろうか。
幼い頃から、仮面ライダーやなんとかレンジャー、ウルトラマンなど男の子がハマるであろうものにハマったことはなかった。私のヒーローは、身近かつリアルに生きている叔父くらいだった。
具体的な恩師というのも居ない。子供の頃に世話になった教師や先輩、そういう年長者は居たし色々面倒は見てもらったのだろう、しかし憧れたり尊敬したりする対象ではなかった。思い出そうとしても、どんなひとが居たかあまり思い出せない。少なくとも懐いた経験は無い。
コンサートに行ったことも無い。これはそのミュージシャンに対して自分が抱えているスペシャルな感情が多数のファンと同じであることを自覚したくないからだと思っている。しかし、どこか嫉妬といった感情が関連しているようにも思う。
何故わざわざヒーローを見に行くのか。自分がヒーローになればいいのに。そういった感情だ。
痴がましいことは良く承知している。しかし、誰かの世界ではなく自分の世界ではヒーローを眺めるファンではなく自分がヒーローでありたい。この思考は病気を経た今の私をも強く支配しているように思う。
痴がましいことは良く承知している。楽になりたいとも思うが、私の人生はこれで良いのだろう。
同居している猫の腹にはどうやら赤ちゃんがいるらしいことが分かった。もしやベランダで産むんじゃねえかと危惧している。ヒーローとしてどう対処したら良いのか頭が痛い昨今だ。
具体的な恩師というのも居ない。子供の頃に世話になった教師や先輩、そういう年長者は居たし色々面倒は見てもらったのだろう、しかし憧れたり尊敬したりする対象ではなかった。思い出そうとしても、どんなひとが居たかあまり思い出せない。少なくとも懐いた経験は無い。
コンサートに行ったことも無い。これはそのミュージシャンに対して自分が抱えているスペシャルな感情が多数のファンと同じであることを自覚したくないからだと思っている。しかし、どこか嫉妬といった感情が関連しているようにも思う。
何故わざわざヒーローを見に行くのか。自分がヒーローになればいいのに。そういった感情だ。
痴がましいことは良く承知している。しかし、誰かの世界ではなく自分の世界ではヒーローを眺めるファンではなく自分がヒーローでありたい。この思考は病気を経た今の私をも強く支配しているように思う。
痴がましいことは良く承知している。楽になりたいとも思うが、私の人生はこれで良いのだろう。
同居している猫の腹にはどうやら赤ちゃんがいるらしいことが分かった。もしやベランダで産むんじゃねえかと危惧している。ヒーローとしてどう対処したら良いのか頭が痛い昨今だ。
「さみしい」という言葉がこの世に無かったら、きっと私は寂しくなかった。こんな言葉があるから、私は寂しいのだろう。
まだ言葉になっていない感情もあるはずだ。それに誰かが気づき、名前を付けてしまったらウイルスのように感染者を増やすことだろう。私たちは何を感じており、何を名付けられていないのだろう。
今だと中二病とか言うのだろうか、高校生の頃こんな感じのアイデアから「女の子を主人公に何か書けるんじゃねえか」と思いついたことを、カップ焼きそばを食べている今唐突に今思い出した。今だとこの女の子はメンヘラと呼ばれるのかもしれない。カップ焼きそばは美味かった。
まだ言葉になっていない感情もあるはずだ。それに誰かが気づき、名前を付けてしまったらウイルスのように感染者を増やすことだろう。私たちは何を感じており、何を名付けられていないのだろう。
今だと中二病とか言うのだろうか、高校生の頃こんな感じのアイデアから「女の子を主人公に何か書けるんじゃねえか」と思いついたことを、カップ焼きそばを食べている今唐突に今思い出した。今だとこの女の子はメンヘラと呼ばれるのかもしれない。カップ焼きそばは美味かった。
最近、バイクに跨ろうとするとシートが猫の毛だらけなことがある。恐らく 帰宅して駐車〜朝出勤までのどこかの時間、私のバイクは野良猫のくつろぎスペースになっているのだろう。
数年前はベランダに猫が住みついていた。綺麗な黒猫だった。普段ベランダに出ることがないため、同居していることに(お互い)気付かなかった。
日曜、洗濯しようとベランダに出る度に「うわあ!」とお互い驚いた。しばらくは「なんでいつも猫がいるんだ」と不思議だった。
洗濯をしない日中、こっそりベランダを覗いてみた。奴は堂々とベランダのど真ん中で無防備にぐっすり寝ていた。確実に「我が家」だった。何となく嬉しくもあったが、友達にはなれないまま、いつの間にか同居は解消された。
数年経った最近、再び猫と同居しているらしいことに気付いた。2週間ほど前から、ベランダで猫と鉢合わせる。今度は茶色い奴だ。私のバイクのシートでくつろいでいるのもこいつかもしれない。
早く帰宅した今、ベランダを覗いてみた。図々しく洗濯機の上に横になっていやがった。また、同居人ができた。
数年前はベランダに猫が住みついていた。綺麗な黒猫だった。普段ベランダに出ることがないため、同居していることに(お互い)気付かなかった。
日曜、洗濯しようとベランダに出る度に「うわあ!」とお互い驚いた。しばらくは「なんでいつも猫がいるんだ」と不思議だった。
洗濯をしない日中、こっそりベランダを覗いてみた。奴は堂々とベランダのど真ん中で無防備にぐっすり寝ていた。確実に「我が家」だった。何となく嬉しくもあったが、友達にはなれないまま、いつの間にか同居は解消された。
数年経った最近、再び猫と同居しているらしいことに気付いた。2週間ほど前から、ベランダで猫と鉢合わせる。今度は茶色い奴だ。私のバイクのシートでくつろいでいるのもこいつかもしれない。
早く帰宅した今、ベランダを覗いてみた。図々しく洗濯機の上に横になっていやがった。また、同居人ができた。
