皆様、明けましておめでとうございま す。本年は投稿を増やしていく所存ですのでよろしければ、お付き合いください。


昨年、過去のマラソン大賞受賞者を紹介していて思いついたのが、10年毎の日本マラソンランナーのベスト10を選出してみる事だった。早速男子から発表します。


1位 尾方 剛(中国電力)

2位 高岡寿成(カネボウ)

3位 油谷 繁(中国電力)

4位 諏訪利成(日清食品)

5位 藤田敦史(富士通)

6位 大崎悟史(NTT西日本)

7位 佐藤敦之(中国電力)

8位 森下由輝(旭化成)

9位 国近友昭(エスビー食品)

10位 入船 敏(カネボウ)


女子に比べて男子のマラソンはダメなどと言われた時期だったが、こうして見ると世界選手権入賞が7人もいる。その中から、メダリストとなった尾方剛を1位(2000年代最高のマラソンランナー)に選出した。エドモントン&パリ世界選手権、アテネ五輪と3大会連続世界大会5位入賞の油谷繁、当時は「メダルに届かなかった」と評価が低かったがこれはやはり快挙である。佐藤敦之は最終ランナーでゴールした北京五輪での深々とお辞儀をする姿も忘れられない。あれぞ「ビューティフル・ルーザー」で、個人的には北京五輪最高の名場面だった。そして翌年ベルリンの世界選手権で見事にリベンジしてみせた。この10年の主役は中国電力だった。


2003年の福岡国際マラソン、日本記録保持者の高岡寿成のアテネ五輪代表信任投票かと思えたが、 国近友昭と諏訪利成が全力を出し切り高岡に先着。特に諏訪は過去に教え子を福岡で好成績を収めながら五輪代表を逃した恩師、白水照興監督の無念を晴らした。一方、稀代のスピードランナー高岡は、恩師伊藤国光の悲運を受け継いでしまった。


藤田敦史と言えば、日本最高記録ばかりでなく、ソウルに別府大分で優勝したレースも素晴らしかった。彼は間違いなく、この時代のマラソンランナーで最も「マラソンの勝ち方を知っている」ランナーだった。本当に高岡と藤田が五輪マラソン代表になれなかったのは痛恨の極みである。


NTT大阪で、営業マンとしてフルタイム勤務しながら防府読売マラソンでサブテン、東京国際マラソンで2時間8分台をマークした大崎悟史。個人的に親交のあった、土佐礼子の夫のМさんとは同じ職場で隣の席だった。Мさんから、

「今日は大崎君と20km走りましたが、すごいですよ。ラスト5kmは14分台に上げてきましたから。」

というメールを貰った際は、

「何でこんな人が富士通やコニカミノルタに入らなかったのだろう?」

と思ったが、会社が練習に専念出来る環境を整えて代表の座を掴んだ北京五輪は故障でDNSとは何とも皮肉な結果だった。ちなみにМさんは尾方剛とも高校時代からの友人で、その縁からか尾方は愛媛マラソンを走った事がある。1990年代に比べたら「低迷期」に感じた旭化成だが、森下由輝がエドモントン世界選手権入賞で一矢報いた。スピードランナー入船も、マラソンではもう一つだった。


次点は清水康次(NTT西日本)か武井隆次(エスビー食品)になるかと思う。