あー、充実について書いたんだけど
高校生までって言うのはちょっと違うかも。
高校が1番自分を出せた時だったが本当の意味。
幼い時の話から少し話します。
幼い頃、ちゃんと自我がある時、
ある日父に日記を書け、きっと将来見た時に当時を思い出して次につながると言われ、日記を書くノートを買ってもらいました。
日にち、出来事、気持ちを書こうとノートに
毎日一言でも書こうと。
ノートを開いてありきたりなことを最初は書いてた、友達と遊んだとか、楽しかったとか。
でもある日から、
父はポエマーで、口ばかり達者、母は毎晩酒に溺れキレる。 毎晩のように両親の喧嘩。
大人になってから気づいたけど、
酒癖は遺伝だ。
まぁ、とりあえず日記を書くのはいつも寝る前だったんだけど、毎晩の喧嘩の時にかいて
ある日から母は旅行に行くことが増え、
家にいない時が少し増えた。
その時からかな。
私は兄がいるけど、家では何もしないし、ゲームばかり。とりあえず、相性が悪い兄妹で笑
まだ、小学生低学年の私は家にいることしかできない。どうにか、母が帰ってきた時に1番褒めてほしくて家のことは頑張ったつもりだった。
ある日、私は言ってしまった。、
「また、行くの?」
母は眉間を寄せて、
「こんなところにいたらノイローゼになる。」
私は
「ごめんなさい。」
としか言えなかった。
あー、そっか。
ままは気分転換が必要なんだ。
帰ってきてくれるからまた帰ってきてくれるようにそれまでは私が家を綺麗にしたり料理作ったり頑張ろう。出来る限り。って純粋に思った。
今考えたらさ、おいおい小学生低学年が、嫌でも家から逃げ出せないと言うのに、大人は勝手だなって。
でもある日から何かが切れて、何で切れたのか記憶がないんだけど、日記は途中から鉛筆で真っ黒にしかならなかった。
文字じゃ伝えられない気持ちがあったのかもしれない。
そう。
ここでも話しきれないほど私の心は真っ黒で。
あ、そういえば父が言ってた。
見返した時に将来のためになると。
見返す?
見返すわけがない。
人は誰かが落ちていったり、
愚痴を聞いたり、
噂話はすきだけど。
言葉にも文字にもできない
真っ黒の日記なんて誰も観たいなんておもわないでしょ。私でさえ思わないんだから。
その日記はいつの間にか。
いつ捨てたのかもわからないままあと゛こかにいつてしまつた。