当たり前じゃないから特別な時間になる 4年青谷
肉まんが美味しい季節になりましたね。お久しぶりです、4年の青谷です。最近曜日感覚がありません。インカレ後に一度書き上げたこのブログを温め続けていましたが、卒論に追われ、毎日夜遅くまで大学に残り、家がホテル化したことで、出すタイミングを完全に失っていました。先日ようやく卒論が終わり、残すは国試の受験のみとなりました。気づけば年の瀬で、今年も色々あったなと感じると共に、学生で居られるのもあと数ヶ月と考えると、少し寂しい気持ちにもなります。おそらく最後になるであろうブログに、私の4年間と、これから先、部に残る皆さんへ、考えを綴ります。1年目自分は特別じゃない大学では初めてのことをしよう!私は、11年と言う年月を費やしてきた野球と別れ、ローイングという競技に出会いました。高校野球と大学受験を現役で乗り越えた自分には、もはや何でもできる自信がありました。沢山の同期、優しい先輩方に恵まれ、自分たちで活動していく毎日が楽しくて、当初思い描いていたたくさん旅行に行く学生なんて、そんなのになれなくても、むしろ充実した素晴らしい日々でした。このみんなで日本の頂点を目指していくんだなと、希望と期待で胸が一杯だったように思えます。しかし、思い描いた通りに進むことなど、そう多くありません。1年目の冬に、原因不明の体調不良に悩まされます。タイムを縮めたい気持ちと、動いてくれない体、その乖離から精神は追い詰められました。自分でもどうしたらいいのかわからず、当時は一部メンバーから嫌われていたそうです。潰れる前に地元に帰り、何も考えずに休むという選択をとりました。その中で、自分は何でも叶えられる特別な人間ではないと痛感しました。自信を持つことは大切ですが、どうやら、異常な自信は自分の首を絞めるようです。何事も驕らず謙虚に取り組むこと、自分の身の丈を自覚しておくことが大切だと学びました。2年目すぐに答えを求めず、時が来るまで積み上げる春になり、後輩ができました。いくらか体もましに動くようにはなりましたが、同期だけでなく、後輩に抜かれ、置いていかれるまでにそこまで多くの時間は必要ありませんでした。オッ盾の選考に漏れてからは、体は動かなくても技術は皆平等に磨ける。誰よりも上手くなるとシングルに力を入れました。夏場は連日、18〜20kmを漕ぐ生活。隣でエイトが漕いでいる姿を見て、何度涙を堪え、自身を奮起させたか。私は、大会に出ない人間が腐ることは、チームに悪影響を与えると考えています。逆に1番下の人間が腐らず直向きに取り組む姿は組織の誰かしらの目に留まり、良い雰囲気は伝播していきます。蓋を開けてみれば、棚ぼたとはこの事かのようにオッ盾に代打し、戸田で最終日に残ると言う経験ができました。腐らず取り組む姿勢は、必ず何か別の形となって自分のもとに返ってきます。3年目信念を貫く3年目こそ、インカレ出場と目標を立てたのは、実は2年生の夏休み前で、長いスパンで目標を捉えていました。その甲斐あってか、3年目にしてPBを更新して、波に乗ったと思いましたが、夏に再び失速し、2年目のオッ盾が決まります。なぜこうも上手く行かないのか。同期は皆インカレに出る中、またしても悔しい気持ちを堪え、自分が出る大会に、自分が乗る船に、共に乗る仲間たちに誇りを持って臨みました。3年生として、副主将として、後輩に残せるものは何か。私は主将ではありませんでしたが、自分が求める主将像、言葉でも背中でも引っ張る、を追い求めながら、一夏を過ごしました。色々あったクルーでしたが、8位入賞を果たした時は、実力以外の何かが働いた、今までの頑張りが実を結んでくれたんだと、大学生活史上一番に嬉しかったです。改めて、当時のメンバーへ、ありがとう。苦しかった3年間はこの日の為にあったんだと、実感しました。しかし、何人かの後輩が引退を決めたとき、嬉しさと同時に、もっと自分にできることはなかったのかとやるせ無い気持ちにもなりました。自分が求める姿を追い求めても、全員がついてくるわけではありませんし、時には他の影響で、全てが崩れ落ちていくこともあります。それを知った上で、尚、自分の信念を貫くことができるか。4年目自分の弱さと向き合うということラストシーズン、最初で最後のインカレ出場を目標に、学業とボートの二刀流に臨みました。想像はしていましたが、やはり一筋縄にはいかず、風当たりも強い日々に何度も心を折られそうになりながらも、『目標から逃げる=弱いこと』だと思い、何とか練習を続けていましたが、自分が本当にやりたいことが何か分からなくなりました。実習中には、ボートのことを考え、実習終わりにエルゴを引きながら次の日の実習のことを考え、どちらもやりたいことなのに、互いが互いを邪魔しあって、そんな日々が長いこと続きました。7分なんて切れないよな…。周りからもそんな声があったようですが、私が1番分かっていました。ただ、やり切れば7分切れるかもしれない、何かあるかもしれない、と今までの経験からわずかな期待を持ちつつ、自分の実力では、自分の取り組み方ではこの目標は果たせないという現実から逃げていました。自分の弱さと向き合うこと。それは、今までの自分を打ち壊し、ここまでの自分は未熟であると受け入れることでした。とても苦しく、勇気の必要なことでした。何度も目を背けてはうまくすり抜けてきたものでした。自分ならできるという過去の経験が、現在の自分の足枷となり、本当にやりたいことに集中するという未来に進むことができない。今の自分を形作っているのは過去の経験ですが、過去にこだわりすぎた古い考え方だけでは先に進むことができない。人間は変化を嫌う生き物ですから、過去に縋り付くことは居心地の良いことです。でも、それでは何も変わらない。変化を恐れず、ぶち壊してみることで、広がる世界もあるのだなと実感しました。ある選択を迫られた時、何か嫌だな、気分が悪いなと感じる選択肢は、実は、自分を一つ上へと進めてくれるというのは、本当なのかも知れません。自分の弱さに向き合い、受け入れてあげられる、それくらいに自分を大事にしてください。もう十分、頑張ってます。4年目のインカレには、サポートとして行かせていただきました。もちろん1番下っ端です。自分が続けられなかったことはやっぱり悔しいですが、同期が漕ぐ姿を誰よりも1番近くで応援したかった。自分には果たせなかった、ラストシーズンまで続けると言うことを体現する姿に感動し、やっぱりちょっと悔しくなりました。昨年一緒に乗っていたメンバーが、インカレに出る姿も感動しました。勝手に一緒に乗ってよかったなと思いました。一歩離れたところから漕手を見ることは、4年間の自分に足りなかったことを見せてくれました。自分はここまで競技と向き合って努力することはできていただろうか?いや、できていなかっただろう。まだまだ余力はあっただろう。そう思えば、当然の結果です。ですが、あの時漕手を引退したことに後悔はありません。おかげで実習に集中でき、実りある日々になりましたし、卒業に向けて一歩ずつ進んでいます。また、サポートメンバーになってみて、この4年間どれだけ支えてもらい、応援してもらっていたのか、今更ですし、遅すぎますけど実感しました。改めて、ここまでサポートしていただいたマネージャーさん、その他大勢の方に感謝いたします。この部にいる意味は何なのか。我がボート部ではよく聞く悩みです。私はインカレに出たことがありません。競技面での実績はないに等しいでしょう。では、私がどこに、この部に自分がいる意味を見出していたのか。誰かが誰かの支えになっていて、その誰かは別の誰かの支えになっていて。その逆で、誰かは誰かの悩みの種になっていて…。人間関係なんて、所詮こんなもんでしょう。組織が大きくなれば、それだけ多くの、様々な考え方を持った人間が集まるわけで、居心地の良い悪いがあるのは当たり前です。全員が思うように動くわけがないんです。では、考え方の合わない人間は蔑ろにして良いのか?少数派は組織にとって害なのか?自分の意見に賛成できない人間は切ることが美徳なのか?他人の考えを聞かずに、意見を通すことは組織においてあって良いか?いつも疑問に感じながらも、考えを通すには、組織に順応するしかなく、しかし、それは果たせませんでした。見る人が見れば、これも私の弱さなのかもしれません。私だったら、まず会話してみることを大切にしました。自分ならまずその相手とどう向き合うか。この人はこうだからと初めから決めつけるのではなく、まずは互いを知ることから始めて見るのはどうでしょうか?なぜその考え方なのか。『あの人はこういう人だから、こうなんだ』は、あくまで個人の判断であって、その人本来ではないと思います。会話の中で、見えてくるものは多いです。まずは話してみる。関わりを持つかどうかは、それから判断しても遅くないでしょう。何もかも全てが自分の思うように、上手くいくようにできている、そんな人生なんてない。上手くいってるように見える人、あたかも失敗なんてせずに順当に進んできている様に見える人でも、見えないところで苦労をしている。だから、周りと比べる必要はない。だから、自分の今に、強烈に集中する。そうしたら、道は開けてくるのだと思います。自分にしかできないことを考えてみてください。学生という、人生の夏休みを過ごせる日々もあと少し。つい先日、入学したばかりだと思っていましたが、月日が経つのはあっという間です。当たり前の日々だと思っていましたが、それだけ特別な、非日常的な時間であったということ。寂しくはありますが、だからこそ感じられる、特別な時間であったんだなと思います。学生でなくなれば、今まで以上の責任が伴います。自分の人生の舵を取れるのは、紛れもなく自分しかいません。自分次第でどんな人生にもなるのでしょう。正直、まだまだ学生でいたいし、もっと言えば子供でいたい。正直、不安でしかない。でも、いつまでもそんなこと言えない。不安になった時、自分にはボート部での経験がついているということは、必ず支えになると思います。金沢大学ボート部は、私に沢山の経験をさせてくれました。人生に正解も不正解もない。自分が納得できるなら、それが自分にとって正しい人生だと思います。だから、自分の選択や考えに、答えを求めず、思いっきり謳歌してください!(もちろん他人に迷惑かけない程度に!)どんな選択も、どんな経験も必ず力になります!最後に、ボート部での生活は、一生の思い出で財産です。その一生ものの宝になってくれた全ての皆さんに感謝して、最後のブログとさせていただきます。これからの金大ボート部を、未来ある後輩たちに託します。ありがとうございました。