5月が終わる
5月1日、17年ぶりに大学の友人クレメンスに会うことができた。
5日間ほどの滞在の間、私たちは何度も食事を一緒にして金沢の街を見て回った。
金沢の武家屋敷、尾山神社、兼六園のライトアップ…
たくさん話をして、素晴らしい再会だった![]()
ガルガンチュア音楽祭の彼の演奏するコンサートも2回見に行った![]()
燕尾服姿の旧友に胸が熱くなった。
欠けていたもの
自分の中で、ミュンヘンはもう過去の話。
行きたい、会いたいに蓋をして、
もう会うことないんだろうな…と思っていた。
だけどレッスン室には、
彼らとの写真を飾っていた。
今回の再会の後、
心に欠けてたパーツがカチッと音を立ててハマった感じがした。
欠けていたものを拾った
欠けていたものがハマった
2006〜2009までは彼に会うことは日常だった。
毎日当たり前に会ってた。
レッスンがなくてもバッタリ学校で会うのも普通だった。
17年ぶりに連日会う彼は特別だった![]()
日が経つにつれて
5日間の金沢滞在の後、福井、横浜、高松での公演でさらに5日間日本にいた旧友、
日本から帰った後から私はまた離れてしまった寂しさなどに襲われた
写真を見てはポロリと涙が出ることがあった。
それと同時に
骨折後ずっと前を向けなかった自分が前を向いてるような気持ちになった。
自分の可能性を潰しているのは自分
もう会えないかもなとか
骨折して動かなくなった腕に、もう戻らないかもなとか
そんなふうに思ってしまうのは自分自身
それで行動にブレーキをかけてしまうのも自分自身
すべて自分次第でこの先のことが変わると思う。
だから自分で自分の可能性を潰すようなことは絶対したらだめだ。
行動すること
クレメンスの連絡先は知らなかった。
だけどやっぱり日本に来てるなら会いたかったから、友人たちを介して連絡先を探した
クレメンスがメッセージで
「君がメッセージをくれたからまた会えたんだよ!ありがとう!1000回言ってもたりないくらい感謝だ。」と言ってくれました。
正直
覚えてないかな?
返事来なかったら寂しいな…
とかそんな気持ちがあったから来日するとわかってから5ヶ月、「連絡する」という行動に出れなかった。
縁は勝手に結ばれるものだから
結ぼうとしなくても結ばれることがある
返事が来ないこと、忘れられていることを怖がってはいるうちは、その「勝手にむすばれる」こともない。
そして17年ぶりの
私とクレメンスがあっている写真たちを
SNSに載せたことで、
疎遠だった友人たちとも連絡を取ることができた。
また会えるかどうかはわからないけど
わたしはその可能性の種まきはしたいかな
恩師とも
恩師の携帯の番号は知りつつも、SMSを送ったことはあるけどつながらかなったのか、、、
これまで連絡がとれたことはなかった。
帰国当初何度かハガキのやり取りがあったくらいで…
とあるアプリで先生のアカウントを見つけたから、
またメッセージを送ってみた。
今月クレメンスにあったこと、
今金沢でしている活動のこと…
すると思いがけず返信が来たのだ![]()
内容は割愛するが
私の生徒たちへのレッスンする日を楽しみにしていると…
音大音高に進学している生徒が多いので、もう近い将来その日がくるんだろうなと思っている。
恩師からのメッセージで変わった心
クレメンスが帰ったあと、メソメソしている日が正直多かった
恩師から連絡があったあと
心がスッと軽くなった
多分、長年疎遠になってしまったことを私がとっても心に引っかかるものがあったんだと思う。
来日しているのを知っていても
自分のコンサート
生徒のコンクール
などなどで全然動けなかったのだ。
縁が巡って来なかったのかもしれないけど、それが心のどこかでずっとひっかかっていた。
いつか、また会える日が来ると思えたメッセージのやり取り。
心が軽くなった。
懐かしいレッスンの写真♪
クレメンスとの再会のInstagram投稿
わたしのインスタにしてはバズりました笑





