すっかり記録を忘れてしまいましたが…


なんやかんやしたり、

なにもしてなかったり、

ラジバンダリ…

で、

娘、中学卒業しちゃいました。


中学最後の1年は、


週一の保健室に1時間だけ行って担任の先生や保健室の先生とお話ししたり、編み物したり。


修学旅行に参加。


習いごとのバレエをゆるっと再開。

(発表会も出る予定)


高校進学が決まる。


卒業式には出たい、と式練習のために最後の1週間はちょこちょこ学校に行ったり、デイキャンプにも参加したり頑張っちゃったらインフルになって式当日はまさかの欠席予防


だけど学校のはからいで、欠席した子5人だけのこじんまり卒業式をけっこうちゃんとやってくれて、とてもありがたかったキラキラ


やっぱり娘は学校に行きたかったし、色々やりたかったんだろな…

どうにもならないモヤモヤが足かせとなって、エネルギーもどうにも湧かなくなっちゃって、

頑張れなかったけど、

きっとがんばりたかったし、でもできなくて辛かっただろうな、とか。

辛かったときをよくがんばって生き延びた!

娘も私もとりあえず一区切りのところまで乗り切った!と思う。

…色々思うけれど、ホントのところは本人にもよくわからないだろし、親の私の勝手な想像ですが。

わからなくても別にいいし、大事なのはこれからを楽しんで欲しい!

楽しんで、苦労して、時にはがんばって、

きっと自分のペースでうまいこと進めて行くだろう。

心配してない訳ではないけど、心配してもしなくても結局自分で考えて学んでくしかないから心配してもしょうがない。



私自身はコレがあったから揺るぎない自分でいられたってものはないし、今までもこれからも揺らいでばかりだけど、それが人間だもの…と思ってる。



人の言動で傷ついたり怒ったりしたとき

どうして嫌なのか

自分の気持ちを分析することで

より自分の感性とか価値観を理解できるきっかけになるなぁとか思ったり。

まぁ、その時にはそんな余裕もなくカーッとなったりクソーッてなってしまうけれど。

人のことは多分一生正確に理解できなくても自分のことはきっとこうやって理解して受け入れたり、やんわり修正したりできるかな。


だから、自分はどう思うかって事を大事に。

それはきっと娘のほうができてるのかも。


なんせ「行くのが普通」の学校を3年近くも「自分を大事」にして行かなかったのだから。

3年間、母は勉強になりましたお祝い


中学の先生たちもそれぞれ違う良さがあって、

本人の意思を尊重してくれて、

無理強いもなく、

学校全体として良い人たちに恵まれ感謝でしかありませんキラキラ


まだまだ人生は続くし、急に何かが変わる訳ではないけど、

ホッとひと息、ひと区切りキラキラ