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夕陽がみえる場所


昨日いつも歩く川沿いの道で

木の隙間から見えた

オレンジ色の夕陽をぱしゃり。


こんな風にこういう景色に

またちゃんと気づけるひとになれて

うれしかった。


またいやなことも起こるかもしれない。

だけど、世界は美しいんだ。


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ご近所の畑に咲いてたダリヤ。

秋にもアゲハチョウやモンシロチョウが

ひらひら飛んでた。


お空に向かってまっすぐ咲く

こういう菊の仲間たちを見ると

気持ちがしゃんとする感じ。


昨日のちいさな同窓会で

同級生が子宮癌で亡くなったと知った。


彼女の分も精いっぱい生きる。

笑顔で空に帰る。


また会おうね。


去年の昨日。

千年に一度の確率でしか起こりえないとか言われた、あの日。

そこで世界も命も終わるかもしれないと知らされた日。


世界が終わる瞬間には、愛するひとと一緒にいたいと強くつよく思った。

一緒に遭難したいと思うひとがいた。

あの日から毎日、一番たいせつなひとに、もう一度だけ想いを伝えるべきだと考え続けた。


それでも、片想いを伝えることは、相手を困らせそのひとの幸せを脅かす行為だと思い直した。

自分の欲望は押し殺して、そのひとの幸せを遠目に願うことを決意した。


人生史上一番不安な日に、一番そばにいてほしいひとの隣にいられなかった。

あの日の私は、生きながらえながら死んでしまった。

どこまでも独りぼっちだった。


被災地の方たちのことを思いながら、こころを痛めながら。

それでも、一番かわいそうだったのは、結局、報われない自分の想い。

情けなかった。

あの公園で最後に半月を見上げた夜から、1年が過ぎてもなにも変わらなかった。

このままおばあちゃんになって、思い出に生きるさみしい人生を歩むんだ。

本気でそう思っていた。

周りの大切な人たちも、自分の体もないがしろにして、死んでるみたいに生きてた日々。


夜明けのこない夜はない。

だの、やまない雨はない。

それから、春は必ず訪れる。

こんなことばたち、くそくらえだった。(失礼…)

それでも、この使い古されたことばたちが、ウソではないと知る日はやってくる。

足音もなく。



今でもそのひとはたいせつ。

誰よりもしあわせでいてほしい。

でも、彼がそばにいない間、ずっと支え続けてくれたひとたち。

こちらもかけがえのないものだと、やっと、本当にやっと気づいた。


2012年3月11日。

この1週間、奇跡のような再会、旧友との再会で、あの日以前の自分を思い出し、

新しい風を送り込んでくれた新しい人たちと出逢い、

気づけなかった自分に気づいた。

去年不幸だった分、誰かが仕組んだかのように、しあわせな一日を過ごすことができた。



いま「WINTER SOUL LIGHTS」というクリスマスアルバムを聴きながら、

去年通りすぎたその季節を思い、

今年のクリスマスにはこの素敵な音楽を共有できるひとがいたらしあわせだなぁ…

なんて、ぼけ~っと思ってる。


そんな冬の終わりのおはなし。