りさぽん(リアパロ)です。理佐ちゃん卒業前。










理佐side──

「あの、私さ、由依のことが好きなんだよね」

それは由依とふたりきりでの雑誌撮影の日のこと。

その日はお昼を跨いでの撮影だったから、近場で有名なカフェにランチを食べに行ったんだ。木目調のテーブルにモダンな雰囲気の内装はとても私好みで、お気に入りのお店。

The落ち着くカフェなのに、私の心臓はバクバクだ。

その理由は、今日が人生で初めての告白の日だから。

ずっと大好きだった小林由依に告白する日だから。

1週間前くらいから二人での撮影があるって知って、このタイミングにしようと決めていた。プライベートで告白のタイミングを作るのは難しくって、かといって他のメンバーがいる仕事では恥ずかしくてできない。

だから──今日、このタイミング、この場所だ。

だけど、私の心境とは裏腹に、由依の反応は薄かった。

「うん?うん、急だね」

グラデミスハンバーグを頬ばりながら、そんな、途方もなく薄いリアクションをする彼女を見て、愕然とする。

これはもしや伝わってない?”好き”ってのがそういう好きだって気付いてない感じ?と、疑った私は一歩踏みこむ。

「よっ、よかったら……私と付き合ってくれませんか」

言ってしまえ、と口にした瞬間、顔が火照る。

あっっつい。やばい、告白ってこんなに緊張するんだ。

なんて、そんな熱を冷ますためにお冷を一口。

はたして由依はどういう反応をするのだろうか。

そして、私の初恋は叶うのだろうか……?

彼女は、ハンバーグを噛む口を止めて、目をぱちくりさせていた。たっぷりと間を置いたあと、もぐもぐと口を動かす。ごくんと飲み込んで、ナプキンで口元を拭う。

「……えっと」

それは、明らかに戸惑いの反応だった。

あの歯に衣着せぬ言い方を好む小林由依のそんな反応を見るのは新鮮で、だからこそ、私は「マズい」と思った。

これは、間違っても歓迎されていない。

そもそもが女の子同士、メンバー同士の恋。誰にでも受け入れられるわけじゃないと理解していた。だけどやっぱり、こういう顔をされると──キツい。

私は、顔が引き攣らないように自分の表情に細心の注意を払いながら、考える。このなってしまった以上、由依との関係が今まで通りなんてありえない。

私と由依は変化を迎えてしまう。

それなら、どうせ変わってしまうなら。

「ま、まずはお試しとかさ、絶対好きにさせるから!」

藁にもすがる──とはまさにこのことなんだろう。

"振られたくない"の一心で飛び出たこの言葉。

言葉ってのは覆水ってやつで、一度でも外に出したらもうなかったことにはできない。それが真剣であればあるほど。そんなのは知ってる。なのに、よく考えずに言ってしまった。

そしてしっかり後悔する。

由依の顔を見て後悔する。

由依は「そんなこと言われても困ります」ってべったり塗られた顔を俯かせて、それから愛想笑いをした。

そして、私を奈落の底に落とす台詞を言う。

「理佐を好きになることは……ないかな」










あの日、私と由依の関係性はガラッと変わった。
もちろん……悪い意味で。今日でちょうど1週間前になるにも関わらず、まるで昨日のことみたいに、あの1言が脳みそをぐちゃぐちゃにしている。そんな私が今まで通り由依に接することなんてできるはずもなくて、意図的に距離を置いていた。

あの日から3日は泣いた。仕事場ではもちろん我慢するけどそのぶん家で泣いた。めそめそと、枕を濡らした。失恋ってこんなに苦しいんだって、初めて知った。

私の異変にまっさきに気付いたのは、友香だった。

「理佐……ゆいぽんと何かあった?」

ありました、振られました、だから避けてます。とはどうしても言えなかった。私はあまり、弱音を吐くのが得意じゃないから。ぐっ、と堪えて作り笑顔を浮かべる。

「んー?どうしたの、別に何もないよ」

やんわり視線をずらしたこと、バレてないかな。

鼻をかく。前髪をいじる。友香気付かなかったらしい。

「それならいいんだけど……」

友香が馬鹿正直なキャプテンでよかった。と、今回ばかりは素直に安堵する。そしてすぐ、これ以上ボロが出ないようにそそくさと立ち上がり、適当にその場を濁す。

「んじゃ、私ちょっとマネージャーに呼ばれてるから」

ひらひらと振った手は、ひんやりと冷えていた。





こうしてキャプテンからの追及を逃れた私だったが、そのあと思いもしない人物に声をかけられることになる。

マネージャーに呼ばれてる、なんて嘘をついてしまったからには、どこか外で時間を潰さなきゃいけない。そうだ、一回のロビーにソファがあった気がする。自販機でジュースでも買って適当に時間を潰してしまおう。

そう考えて、階段を降りる途中だった。

たったった、と小走りで私のあとを足音が追っかけて、通り過ぎていくと思ったその足音は、私の真後ろで止まった。

「理佐、どこに行くの?」

ちょん、と肩に触れられて、その声に耳がざわつく。

振り返ってみて驚いた。そして、ドキッとした。

「っっ……由依」

今、もっとも顔を合わせたくない人。私を振った人。
そんな人が今、何食わぬ顔で私に訊く。どこに行くの?と。その状況がなんだか不思議で、錯覚しそうになる。

もしかして、この前のアレは夢だった?

だってこんなに平然と話しかけるなんておかしい。

自分が振った相手に自分から話しかけるなんて。

私の動揺を気にせず、由依は、口をとがらせた。

「マネージャーに呼ばれたんじゃないの」

そう言われて、ハッと我に返る。それから面食らう。さっきの友香との会話、聞いてたってこと?いやそれよりも、なんか由依怒ってる?え、本当に意味分かんない。

そう思うと、じんわり、私の中でも怒りが湧いてきた。

それを悟られないように、慎重に。由依がこの前のことを気にしないんだったら、私だけ気にしてるのは悔しい。それすらもバレたくないから、余計に繊細な注意を払わないと。

あちゃ、と困った笑顔を浮かべて、私は返した。

「聞いてたんだ?」

「うん、で、私の質問に答えてよ

「まあ、たまにはサボるのもいいかなーって、ね」

いい加減にしてくれ、と内心うんざりする。
なんで私が強く当たられないといけないんだ。自分で言うのも嫌だけど、私は今、絶賛傷心中なんだぞ。

もうどうでもいいからほっといてよ、と表情に出る。

だけど、由依は、それをフル無視して言った。

「ふーん、じゃ、私もサボろうかな」










1階のロビー。L字型のソファはふたりで座るには大きい。絶妙な距離を置いて座った私たちのこの隙間は、どちらかというと私から作ったものだ。

由依がコーヒー。私はそれを見て、コーラを買った。

早く飲んでしまおう。それで、さっさとこの場から逃げよう。頭の中はそれでいっぱいで、私は苦手な炭酸を喉に流し込むことに一生懸命だった。

でも、由依の表情がどうしても気になる。

子供みたいに唇を尖らせて、くりっとした瞳を歪に伏せるその横顔は、どこからどう見ても怒っている、と思う。

私がサボっているから?

正義感の強い由依ならありえる。

でも、それなら由依も同じじゃん。

どうしても気になって仕方ないから、私は訊いた。

「……あの、さ」

「うん?」

「なんか、怒ってる?」

「うん」

「え、なんで?」

「分かんない?」

テンポよく、小気味よく。戸惑いながらもキャッチボールを交わす私に対して、由依は淡々と返す。「分かんない?」と言ったとき、バチッと視線がぶつかる。

由依がここまで怒りを顕にするのは珍しい。

だからこそ、私はその理由が分からなかった。

「えっと……レッスンサボってるから

ダメ元の回答もやっぱり不正解だったらしく、由依は大きく溜息をついて首を横に振る。ポニーテールが揺れて、綺麗なブロンドヘアがなびく。それに見惚れていると──

「理佐、私のこと避けてた」

由依が、ややぶっきらぼうに言い放った。

それを聞いた私は、泡を食らった。

え、嘘でしょう?と耳を疑う。

いや確かに避けたよ、それは間違いないよ。それに関しては悪いと思ってます。けどさ、失恋した人に避けるなって言うのもそれはそれで横暴なんじゃないの。

それともこの人、そのへんの感情、欠落してる?

失恋した人の気持ちとか、分かんない感じ?

「いや、それは、仕方ないじゃん」

「なんで?何が仕方ないの?」

「由依の方こそ、分からないの?」

「うん、まったく心当たりがない」

あ……やばい、この人、本当に分かってないんだ。
キッパリと言い切る由依の目を見て、気付いた。振ろうが振るまいが関係ないんだ。由依にとっては、避けられてるって事実だけがあって、それが嫌なんだ。

そうなると、私はどう言えばいいんだろう。

あなたに振られて傷ついてるから避けてるんだよ?
って、馬鹿正直に教えてあげたらいいのかな。そもそもそれだけ言っても由依は理解してくんないかもしれない。

ああ、友香、私どうしたらいいの。

由依が立ち上がったのは、私が友香に神頼みしたのとほぼ同時だった。彼女は、ぎょっとする私をじっと見つめ、おもむろに距離を詰めてくる。私の隣に腰を下ろす。

反射的に距離を取ろうとする私の手を握って、ずいっと体を寄せてから、私の顔をのぞきこんで──こう言った。

「だって私たち、付き合ったんだよね?」

「……は?」

意図せず口から出てしまった一音。てんで間抜けな声。
それも仕方ない。だって、全く予想してなかった、というかありえない答えが返ってきたんだから。

例えばそう、明日世界終わるよ、みたいな。

もう一度「え?」と聞き返すと、由依は変わらず言う。

「いやだから、理佐が告白してくれたよね?」

「私、振られた、じゃん」

やっとのことでそう説明するも、由依は逆に驚く。

「はあ?え、振った覚えはないんですけど」

何言ってんの?とでも言いたげな視線を向けられて、ようやく私もカチンときた。今さらそんな、そんな言い訳通用するわけない。それをそのまま言葉にする。

「うそ!今さらそんなの通用するわけない!」

「ちょっと待って、え、本当に意味が分からない」

「だって……好きになることはないって、言ったもん」

ああ、思い出したくなかった、この一言。
あのときの感情がリアルに蘇ってしまう。おずおずと突き出されたナイフはとても鋭利で、そのとき確実に私の心臓を突き刺したんだ。あれを嘘だったとは言わせない。

きっ、と睨みつけると、由依は顎に手を当てて呟いた。

「……言ったね」

無責任な言い方に、私は咄嗟に由依の胸ぐらを掴んでいた。

「!!ほら、やっぱり振ってるじゃん!」

私の剣幕に、今まで冷静だった由依ものけぞる。
苦しそうに顔をしかめる。それでも彼女は、その落ち着きを失うことはなく、私の手首に掌を沿えた。

「だっ、だから、好きに"なる"ことはないって言ったけど、好きじゃないとは言ってないじゃんか……」



「えっ?ごめん、今度こそなに言ってるか分かんない」

「もう好きなのに"好きになる"っておかしいかなって、そう思ったの。え、おかしいよね?日本語おかしいよ」

なに、じゃあつまり、どういうこと?

由依は、私のことが好きってこと?私が告白したあの日、すでに両思いだったってこと?小林由依的には、アレは振ったわけではなくて、私の「好きにさせる」っていうあの言葉に対して言葉通りそのまま返したってこと?

そんなの、そんなの……!

「分っっかりにくすぎるよ!」

嬉しいやら、びっくりやら、戸惑いやら、色んな感情が頭の中でごちゃまぜになる。とりあえず胸ぐらを掴んだままはいけないと思って、でも興奮してるから乱暴に突き放す。

「わっ、びっくりした」

目をぱちくりさせる由依は、きょとん、と首を傾げる。

私は、髪をぐしゃりと掻く。なにこれ。ほんと、理解が追いつかない。まるで宇宙人と話してるみたいだ。

こめかみに手を当て、はーーっと息を吐く。

「ちゃんと私"これからもよろしくね"って言ったよ?」

「言った……けど、それは友達として、だと思ってた」

「ええー?嬉しそうに泣いてたじゃん」

「悲しくて泣いてたの!なんで分かんないのよ……」

マジで、なんで分かんないの?由依ってこんなだっけ。

かなり、というかめちゃくちゃ由依のことが好きだから、他の人よりも由依のことを見てきたつもりだったのに。

私が好きな人は、まだ知らない顔を持ってたみたいだ。

「でも、これでもう私のこと避けないよね?」

俯く私の顔を下から覗く由依は、どこか嬉しそうに言う。

「だって私たち恋人になったんだもんね?」

と言いながら私の頬にキスをする由依。してやったり、とでも言いたげな顔をする彼女を見て、ぼんやり考える。

「理佐は私のこと好きなんだもんね?」

これは、とんでもない人を好きになったかもしれない。

掴みどころがない、というかなんというか。

この人と普通に愛を育んでいける気がしない。

きっと私は、由依に振り回され続けるんだろう。

それでも嬉しさを隠せない私は、にへらと笑った。









お読みいただきありがとうございました。

数日前コロナにかかって少し投稿に日が空いちゃいました。楽しんでもらえたら嬉しいです。あと、Twitterの固ツイに質問箱のリンク貼ってみたのでよければ。

感想とか意見とかリクエストとか、お待ちしています。

それではまた かなで