おばあちゃんち。
景色が全然違った。
行くまでの道も、渡波の町も。
道すら分からず、異臭だらけ。船、瓦礫。人の気配も生活感もぜろ。
小さい頃から遊びにいくたびにいってた駄菓子屋さんは跡形もなくて、おんちゃんもおばちゃんも津波から逃げる車で流されてそのまま亡くなったんだって。
お墓も地盤沈下。墓石の名前もなにも分からない。お墓までも簡単に歩けない。だからお盆までに治すこともできない。
その後、もうひとつの石巻のばあちゃんちへー。
ジャガイモ作る人じゃないよ!
畑は趣味だよ!!!、
こっちは山で、川もまあ遠くて津波被害はなし。
その二俣のばあちゃんちから車で10分、大川小学校へ。
全国TVでもいっぱい取り上げられてる、まだ6人の児童が見つかってない小学校。
献花台があって、でもぐちゃぐちゃ。
道はもちろん町ひとつすべてなくなってて、水もひいてなかった。
4ヶ月も?4ヶ月しか?
分からないけど、4ヶ月たってあの現状、
渡波のばあちゃんは、8月には家が建てなおって渡波に帰るんだって。
どうしてだろう。
町がないのに、ぐちゃぐちゃなのに。
ほんとに、希望のき文字も見えなかった。
ずっと暮らしてた訳ではないけれど、小さい頃から何度も何度も行って、過ごして、思い出もたくさんの場所があんなふうになって、4ヶ月たって目の当たりにして、
ただただ信じられなくて、唖然とした。
おばあちゃんちが消えて、
だいすきだったあんせいも消えて、
物心ついた頃から知ってる人がいなくなって、
町も暮らしがなんにもなかった。
涙も出ず、なにができるのかもわからず。
このまま町がなくならずに、みんなが元の暮らしが出来たらいいけど、田舎だし、高齢の人が多いから、家を立て直すにしてもお金がないし、みんなが生きてるうちに前の暮らしに戻るのはきっと無理なんだろうね。
地震も津波も自然のことだから誰もわるくないけど、この被害を直に受けた人はこの悲しさをどこに向ければいいんだろうね?
感じることたくさんあるけど、わたしは結局生きてるし、家があるし、 あの場にいてもその日の夜にはベットで寝れるし、なんにもわかってないんだよね。
もどかしいというか、かなしいというか、
今までで感じたことのない感情になりました。
ブログになにを残したいのか分からないけど、忘れちゃいけないと思った。
最後に、
津波がきても残ってた、おばあちゃんちの玄関の表札。(^_^)☆
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