はじめまして、伽奈です。

 

1985年生まれの主婦です。

子供の頃から勉強が得意で、現在は週3のパートと家事の合間に趣味として資格の勉強を楽しんでいます。

 

昔から学校の勉強は好きでしたが、学校という場所には馴染めませんでした。中学2年生の5月から不登校となり、その後は一日も登校することなく卒業。出席日数が足りず全日制の高校には進学できなかったので、通信制サポート校に進学しました。得意な勉強をコツコツと続け、某公立大学の法学部法律学科へ現役で合格。卒業後は某所で5年ほど正社員として働きましたが、鬱休職ののちに退職。その後はフリーターとしてアルバイトや派遣の仕事を転々とし、33歳の時に現在の夫と出会って結婚しました。

 

中学時代の不登校と社会人になってからの退職・転職は、おおむね同じ理由によるものです。私は物心ついた頃から人見知りで、人と関わることにストレスを感じやすい性格でした。学校では自分の居場所を作ることができず、職場では萎縮しているせいでいつまで経っても一人前になれず、そんな自分に嫌気がさしてどんどん精神的に病んでいく。

 

そんな負のスパイラルを繰り返す人生を送ってきましたが、鬱々とした日々の中でも細々と勉強を続けてきました。結婚前は一人暮らしということもあり、非正規雇用で転職を繰り返しながらもフルタイム勤務で働き、心身ともに疲れていました。それでも、時間を見つけては勉強をして、実力がついたら試験を受けに行きました。範囲が広すぎたり難易度が高かったりして途中で挫折した資格ももちろんあります。でも、挫折してもすぐに次の目標を見つけて新たに勉強を始めました。

 

なぜ、そうまでして「勉強」を続けるのか。

 

理由は簡単です。

 

私には、「勉強」しかなかったからです。

 

社会生活の中で日々失われていく自尊心を回復させるためには、得意な「勉強」をして「試験」で結果を出すしかありませんでした。

 

学校では勉強ができることはプラスの評価をされることが多いですが、社会に出ると少し事情が変わってきます。仕事や生活の役に立たない勉強、試験に受かることだけが目的の勉強に対しては、時に冷たい視線が向けられます。学歴だけ高くて仕事ができない人に対する視線と同じものです。私はまさにこのタイプなので、ものすごく苦しんだ時期がありました。

 

私がコツコツとやり続けているこの「勉強」というものが、おそろしく無意味で、むなしい行為に思えて仕方がない時期がありました。それでも、少しのあいだ勉強をすることを止めても、やっぱりまた「勉強」に戻ってきてしまうのでした。

 

このように色々な思いを抱えて勉強に向き合ってきたので、「勉強が好き」という単純な言葉からはこぼれ落ちてしまう感情がたくさんあります。それらを拾い集めて言葉にして落とし込む器として、このブログを開設しました。

 

勉強が好きな方、勉強を好きになりたい方、勉強というワードに惹かれてこのブログに辿り着いた方、それぞれの方の記憶に少しでも残るような記事を書いていけたらいいなと思います。