前のブログでも書いたんだけど。
気になるあの人は、ただ、友人、知人、バイト仲間として普通に接していた人。
その人が、遠くに行くと知らされて、初めて気になり始めた。
遅いと思った。
出会ったのもまだ数ヶ月なのに、「好きです!」なんて、ずうずうしいというか、互いのこと、情報が少ないっていうのに、言えない。
遠くに行くというわけでお別れの際も、言えなかった。
自分では納得の上だった。
でも、どこかで言えばよかったと思うことが、何回か。
今もそう。
その人を思い出すと、「元気にしてるのかな?」や「新しい仕事に慣れたかな?」とか色々考える。
思い出すほど、まだ時間は経っていない。
だから、仕事に慣れたとか思うほどでもないのだ。
なのに、思い出すだけで、なんで懐かしかったりするんだろう。
話変わるけど、前々のブログに書いてある、もう一人気になる人が居るんだが、なぜ、気になったのか、今も考え中だ。
見た目は、普通なのに、話せにくい空気を独特に持ってるから、なかなか接触できない。色々と話したいのにね。気になるのって、なぜなの。
確かに、さっき話した気になるあの人と今話してるその人は、私より年上の人だ。
年上の人が好きな私には、たまらないのに。気になるけど、その人が苦手なのはある。
そういうことを自分が苦手だと思ってしまうとあの人もまた、私のことを苦手だと思ってしまうから、思わないようにしないと。
誰かが、「自分がその人のことを嫌いと思ったら、その人も私のことを嫌いと思ってしまうから、そんなことを思わないようにしよう」って、言ってた。その思いがシンクロするかのように、自分と相手が同時に嫌いと思わないようにするために言ってたのかななんて。
だから今、必死にあの人の事を苦手だと思わないように、堪えてる。
苦手でも、あの人のことを気になる。
行動をする姿を見て、声でドキッと反応する。
それって、好きっていうサインなのかも。
近くに来られるとドキドキが止まらない。
ノックアウトされそうな勢いがある。
普通、友達だって割り切れば、近くに来ても平気な顔で居られるのに。
恋という病気にかかりました。
(-_-;)
さて、どのように治せばいいのやら。
(´<_` )
今のところ、処方がなくて、治せないけどね。(๑◕ˇڡˇ◕๑)
なんとなく、こういうトークが自分のどこかで流れはじめてる。
想像したいけど、
もう、その人との想像ができなくなってる。
想像すると、とっさに拒否が来るから。
例えば、今、流行りの壁ドンとか。
似合わないや、こんなのやらないとか思いが強いと拒否が起こる。
そして、元の自分に戻る。
学生時代の時は、本物と会うより、想像した人と会う機会が長くて、ドキドキしてたのに。
想像力が欠けたとなると、なんだか悲しい(._.)
今回は、私が気になる人を話したけど、先週は、ほとんどの人が私のことを気になっていたような。
あの問題の真相について。
誰もが、私にあれはどうしてこうなったのかを問いに話しかけられる回数があったんだけど、噂が広まって、どうなのかを知りたい人に一人ずつ最初から話すことにとても疲れた。
でも、ありがたいのは、私が気になったあの人は、それを聞きに来なかったのは、とてもありがたい。
人は誰でも全てを知りたいもの。
興味がなくてありがたい。
でも、興味があって、忙しくて聞きに来れなかったとしても、それでもありがたいと思う。
それか、私に聞かなくても、人づてに聞いたんならそれでもいい。それが、真実というなら。
先週は、ほぼ話が私の話題だったような。ある問題の話。そりゃあ、紙に書いてあったら、誰でも真実聞きたくなるよね。
不運だったんだもん。
話を聞くたびに、グサリグサリと心を目掛けて刺してくる。正直落ち込むよ。
でも、決して落ち込む姿を見せまいと思い、ニコニコで接するようにしてる。
が、穴が空いたようにみんなの話し方が冷たくなったような。間が広まったみたい。
ほとんどの人にあれは、こうすればよかったのに、ドンマイ的な慰めがあったけど、私的には、ちょっと重いかな。
みんなの裏面を少し見るようでそれを見ないような不思議な感覚。
あの場所にいた時、その感覚もあったけど、それをないように思わないとやっていけなそうで。
でも、なぜか辛いなんて思わない。
それが、分からないけど。
仕事から帰ってきて、家に入るまでの間に夜空の星を見てるとなんだかスッキリする。いろんなものが、なんてちっぽけなんだって思うから。
そして、綺麗だなと思い、感動する。
今週は、この問題の噂がだんだん薄れていけばいいなと思う。