映画のタイトルは、その作品の象徴ともいえる存在だ。でもこれほど
その意味を考えさせられたのはめずらしい。人生の”マッチポイント”
について。
クリス(ジョナサン・リース・メイヤーズ)はプロのテニスプレーヤー。
選手としての限界を感じ、ロンドンのアッパークラスの人間ばかりが集ま
る会員制のテニスクラブで働き始める。そこで出会ったのがトム。彼に
誘われたオペラの席で妹クロエに出会い、クリスは気に入られる。トント
ン拍子に婚約までこぎつけ、上流社会の仲間入りを果たす。ところがトム
の婚約者で、アメリカ人の女優の卵ノラ(スカーレット・ヨハンソン)と出会
い、その魅力にとりつかれていく。密会を続けるふたりの行く手に、待ち受
ける運命とは…。
現代の話でありながら、イギリス社会にいまだ階級意識が根強く残って
いることがうかがえる。それはトムの母親の、ノラに対する態度にもよくあ
らわれている。排他的でスノッブな母からすれば、ノラは素性の知れない
アメリカ娘。息子の嫁にはふさわしくないという思いを、時にあからさまに
する。そういう意味で、ノラとクリスは、似たもの同士だったのかもしれない。
トムもクロエも、苦労知らずのおぼっちゃまとお嬢さまだ。事実、トムは母
に最後までノラとの結婚を反対されて、ノラとの別れを決める。同類の友人
を含め、気が良い一方で、たまに空気が読めないところなどは、まさに育ち
の良さを如実にあらわしている。そんな環境の中、クリスはオペラに興味を
示し、ドストエフスキーを読み、必死で彼らからひけをとらぬよう努力する。
クリスがクロエと結婚することで手に入れたものは、実に大きい。素敵な
家と会社での重要なポスト。運転手つきの高級車に仕立てのいいスーツ。
取り巻くものが変化すればするほど、後戻りできないプレッシャーにから
れていくクリス。クロエとの関係が終われば、それがすべて失われることを
わかっているからだ。
だがどうしてもノラから手を引くことはできなかった。ノラとクロエでは、付
加価値を除いた女の魅力を比べた場合、どうしてもノラに軍配が上がって
しまうのだろう。ノラも自分の魅力を十分にわかっている。過ちを犯したクリス
とノラは一旦離れるが、偶然の再会がふたりを強く結びつけてしまう。
トムの婚約者としてノラに初めて出会ってから、時間を追うごとに、ふたり
の思いはシーソーのように上下へ移動していく。つくづく恋愛する男女には、
両者が同じだけ相手を思うことはないのだと感じた。追ったり、追われたり。
駆け引きしていたつもりが、いつの間にか相手にふりまわされているのだ。
やがて物語はある大きな局面を迎える。それは吉と出るか、凶と出るか。
マッチポイントというタイトルに集約されているのである。映画では、あるひと
つの結末を描いている。だがこれは通過点に過ぎず、人生のマッチポイント
は一度きりではないはずだとふと思った。ボールが相手方のコートへ落ちる
か、自分側に落ちるのか。次のマッチポイントでも、必ずそれが試される
時がやってくるのだ。
…本筋とは関係ないが、どうしても言いたいことがある。トムの父の会社と
共同事業をする日本企業のビジネスマン、というのが劇中に登場する。がし
かし、このおじさんふたりが、まるで借りモノのようなのだ。どう見たって、アジ
ア系のエキストラに、無理やりスーツを着せたという雰囲気。やり手のビジネ
スマンがあんなわけないでしょ、って感じ。ウディ・アレン監督、もう少しリサー
チしてくださいよ。その証拠に、客席からは失笑の声がたくさん上がっていた
んだから…。
※8月19日より、恵比寿ガーデンシネマほかにてロードショー