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草木と人が紡いだ、日本医療の奇跡
🌿まえがき
いにしえの大陸から伝わった薬の知恵は、海を渡り、日本列島で芽を出した。
湿潤な風土、人の体質、そして暮らしの文化に揉まれながら、幾度も選び直され、研ぎ澄まされていった。
病とは、人知の及ばぬ“妖”のしわざである。
そう信じられていた日本に、体系化された中国の医学が伝わったとき、
そこから人々の病に対する考え方が変わり始めた。
薬草の性質を理論で説明し、人の体を体系で捉える医学という革命。
それは祈祷に頼るばかりだった人々に、大きな希望をもたらした。
やがてその知恵は、日本の気候や体質に合わせて工夫され、
日本に伝わる草根の知識とも少しずつ交わりながら、
長い年月を経て「和漢」という独自の医術へと磨かれていく。
荒ぶる戦乱の世、幕府の御典医として仕えた名医たち。
庶民の町医者として人々の命を預かった町医者たち。
その系譜はやがて、明治の激変に揉まれながらも守り抜かれ、
西洋医学と肩を並べる新たな道を模索する。
ついには近代、
日本だけが、世界の中で唯一、西洋医学の医師免許を持つ者が伝統医学=漢方を処方できる国となった。
戦争や廃止の危機を越えたからこそ手に入れた、奇跡のような制度である。
いまや、和漢の知恵は再び中国へも伝わり、
漢字やラーメンのように“逆輸入”されるほどに日本化を遂げた。
かつて「唐薬」として恐れられたものが、
和の命を吹き込まれたことで蘇り、再び大陸に渡っていく。
それは、日本人が培った柔軟さと、命に向き合う覚悟の結晶であろう。
本書は、時代に翻弄されながらも漢方を信じ、
人のいのちに寄り添った名もなき医師たちの声を、もう一度呼び覚ます物語である。
傷寒論を編んだ張仲景。
戦国の荒野で医の志を立てた曲直瀬道三。
養生を民の暮らしにまで根づかせた貝原益軒。
江戸末期に臨床知を体系化し漢方の大輪を咲かせた浅田宗伯。
そして明治の弾圧に立ち向かった和田啓十郎たち——
漢方を愛した人々の魂の言葉を、歴史エンターテインメントとして鮮やかに描きたい。
ここには、彼らの哀しみも、希望も、夢もある。
遠い昔から連なる「人を生かす」という祈りの物語を、
どうか一緒にたどってほしい。

