花言葉なんて知らない | 風紋

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鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

デートの前はいつも悩ましい。
リン様は気取らない性格だし人の見た目をどうこうあげつらうような下品なこと
はされないけど、なんといっても御曹司だから。

いくら先代から仕えている家令の孫娘とはいえ、コネ入社の役員室事務担当
なのにこうして何かと構っていただいているのはひとえに遠縁だからだ。
御曹司なリン様はとても優秀で家柄をはなにかけることもなく気さくなのでご友
人も多い。男女問わずモテモテなリン様がなぜ私のような子をわざわざデートに
誘うのか未だによくわからない。たぶんすごく昔、ヤオ家の法事か何かで分家の
一端として参列したときに子供どうしで遊んだときのことを覚えていてくれたの
だろう。私自身はほとんど覚えていないのだけど。
「ランファン? フーのところのランファンだよね?」
私のほうはヤオ家のリン様というプリンスは仰ぎ見る存在で、まさかあちらから
そんな声をかけられると思っていなくてへどもどしてしまった入社時。
ろくに受け答えできなかったように思うけど、何が気に入ったのかリン様は以降
なにかと私に声をかけ、2か月前からはデートに幾度か誘われるようになった。
デートと言っても恋人同士というわけでもないから、映画に行ったり水族館に行っ
たりで至って健全なおつきあいだ。
私は御曹司とどうこうなろうとかそんなややこしいことは思わない。


まだ休日の疲れを残したままの月曜、リン様に声をかけられた。
「ランファン、今週末ちょっと遠出しない?いいとこ見つけたんだ。」
「どこに行くんですか。」
「内緒!楽しみにしてて。」
そう言われるとそれ以上聞くのはどうしてもためらわれて。
爺様と二人暮らしの私のちょっと寂しい境遇を知っているからか、今までのデー
トはいかにも今どきの若者らしい気軽に楽しむ感じのものだった。
でも今回はなんだか違うのかも。
いかにも御曹司なリン様の境遇に合ったおでかけかもしれない。
いやドレスコードがあるようならそう言ってくれるはずだし、カジュアルでいい
と思うけど一緒に歩く私があんまりみすぼらしかったらリン様の傷になる。

ぐるぐる考えても仕方ないので、爺様を通じて親しくなったヤオ家のお手伝いの
姐さんに相談してみると、数日後リン様は週末用にジャケットを用意しているら
しいとラインをもらった。
よし、それならドレッシーで行こう。
もし予想が外れて行先が海や山だったりしても、裾をまくって水遊びしたり急遽
買った売店のダサいTシャツを着たりを面白がる人だから。

数少ないワードローブの中からレースの立ち襟がついたブラウスを引っ張り出す。
これはアメストリスに短期留学した時に仕立てたとっておきだ。
ホストファミリーのアームストロング家が代々使ってきたというテイラーで、キャ
スリンと一緒に作ってもらった白いリネンのブラウス。
キャスリンには本当によくしてもらった。
私より年上だけど、4人姉妹の一番下だからかおっとりして可憐な女の子。
思わず周りが世話をやきたくなるそんな子だけど、よく気の付く聡明な人だ。
私があまりに素っ気ない服装ばかりなのを気にしたのか、ある日カタログを手に
「ねえねえランファン、どれがいいと思う?」
相談のふりして一緒に春のおでかけ服をオーダーしてくれたのだ。
生地はお揃いにして、キャスリンはふわりとしたシルエットのスモックブラウス。
キャスリンは性格は引っ込み思案といっていいくらい控え目なのに、服は胸元の
大胆に開いたデザインを好んで着ていた。
私がこの立ち襟のデザインを選ぶと最初は「クラシックすぎて老マダムみたいよ」
と言っていたけれど、私が譲らないでいると
「ランファンは首が長くてほっそりしてるから上品でいいかもしれないわね。」
と賛成してくれた。
「でも私がこういうの着るとすごく太って見えるのよ。」
こっそり内緒話をするようにそう言ったキャスリンだけど、女性らしい素敵な
プロポーションをしてて、ドレスを着ると本当におとぎ話のお姫様みたいなのだ。
ゆったり優雅な物腰で気品があって。
今はアメストリスにもこの国にも貴族というものはないけれど、キャスリンのよ
うな子が貴族というものなのだろう。
そしてリン様のような方は本来キャスリンみたいなお姫様がお似合いのお相手な
のだと思うとなんだかモヤモヤした。
いけない。へんなことを考えて寝不足で遅刻したらいけない。
ブラウスに合うスカートはスーツのタイトスカート以外は春夏のはネイビーのフ
レアスカートしかないからもう自動的にこれで決まりだ。
明日に備えて寝よう。



翌日、待ち合わせの駅前に現れたリン様はほとんど黒に見えるチャコールグレイ
に細いストライプの入ったジャケット姿で、でもインナーはTシャツで、きちんと
しているのかラフなのかわからないけど素敵な恰好だった。
いつもはパンツスタイルの私が珍しくスカート姿だったからか、リン様は初見か
ら目を輝かせてほめてくれた。
「ランファン、今日の服いつもと違っておしとやかな感じだけど似合うね。
可愛い。白い服、顏がぱっと明るく映えていいよ。」
嬉しかった。
でもリン様はどんな人にもこれくらいの喜ばせる言葉はいくらでもいえる人だか
ら私はあまり本気にしたらいけないのだ。

駅ビルで軽い食事をしてから私たちは郊外に向かう私鉄に乗った。
行先はまだ秘密らしい。
「ここで降りるよ。」
着いたのは総合大学の農学部と薬学部が持つ植物園だった。
広々した敷地に学名まで記した札をつけた木々や植物が見渡す限りにあって、
薬草園や池まであるという。
並木の道から折れて小道に入ればちょっとした丘になっていて、そこには爺様の
郷里で見た木が植わっている。
「わあ、田舎で見たクスノキだ。」
どうやら区画ごとに色んな地域の植生を再現しているらしい。気候的に難しいの
も沢山あるのだろうけど、爺様について田舎の山に分け入って探した薬種にもな
る草もあった。赤フジバカマ、黄飯花、楓葉、紫藤。
懐かしくて思わずリン様に爺様の郷のことを話した。
お米を草と一緒に蒸すといろとりどりのおこわになること。
木肌をはぐといい匂いのする木、虫よけになる木のこと。
リン様は楽しそうに聞いてくれて「今日はランファンがいっぱいしゃべってくれ
るから俺も楽しい。」と言った。
はしゃぎすぎたかもしれない、そう思ったけど行先を秘密にしたのは私を喜ばせ
たくてだったのかと思って私は自分の浮き立つ心を許した。

少し先にはイングリッシュガーデンのようになっているところもあった。
噴水があってよく手入れされたバラの木があっていくつもの種類が咲いていた。
アームストロング家のことを思い出す。あのステイ先の邸宅には四季咲きのバラ
があきれるほどたくさんあって見事だった。
「バラといえば、今日の私の服を下さった方の家には素晴らしいバラ園があった
んです。」
私はこのブラウスを着て参加したお庭でのお茶会の話をした。
あの時はほんとに楽しかった。キャスリンの笑顔を思い出し、それが遠くなって
しまったことを思うと少し寂しくなったけど、リン様が楽しそうに変わり咲きの
バラの名前を見ている姿を見てなんだか安心した。

いい加減歩き疲れて私たちは温室の隣にあるカフェで休憩した。
花屋さんが併設されている白っぽい内装のカフェは明るくそして気軽な雰囲気の
お店だった。
リン様は私が遠慮しなくて済むようなところをいつも選んでくれる。

お茶とお菓子が一段落したところでリン様は店員に何か言いつけたかと思うと
「これを渡したくてさ。」
オレンジ色の束が目の前の差し出される。
たくさんのチューリップ。
リボンもカスミ草のような添え花もなくセロファンの包みだけで渡された花束は
見た目より重くて、なんだか花の命をそのままもらったみたいだった。
「これを、私に?」
「オレンジのチューリップってちょっと珍しいだろ。ランファンにぴったりだと
思って。」
「私はこんな華やかじゃないです。」
思わずたじろいで引くようなことを言ってしまったけど、リン様はまったく気に
していないみたいで嬉しそうな顏で言った。
「花言葉教えてもらったんだ、オレンジ色のチューリップの。『照れ屋』だって。」
「やだもう、そんなの。」
本気で照れてしまった。顏が赤くなる。
「受け取ってくれる?」
「…うれしい。ありがとうございます。」
「よかった。」
花をもらうなんて晴れがましいことは苦手と思っていたけれど、生き生きした鮮
やかな色を見ていると自然に笑みがこぼれていく。
「花言葉って本数にも意味があるんだって。」
「そうなんですか。えーと、9本。どんな意味なんです?」
「『ずっと一緒にいよう』」


帰り際になってリン様はちょっと迷ってから鉢植えのチューリップも買い求めた。
「これは俺用。ランファンと同じ花を部屋で眺めたいからね。」
「でも、まだ蕾でよかったんですか?」
「少しの間でも自分の手で育てたいんだ。」
「きれいに咲くといいですね。」
「これが咲いたら渡したいからまたデートしてくれる?今度は夜に食事でも。」
「リン様のお花じゃないんですか。」
「ランファンに渡したくて買ったんだ。夜デート、OK?」
「…はい。」
「やった!じゃこれから毎日この鉢植えの画像送るよ。」
上機嫌なリン様に私も嬉しくなった。夜出かける、しかもリン様とというのを爺
様に言い出すのはちょっと気がひける。でも断る気にはなれなかった。
『ずっと一緒にいよう』
そんな花言葉をもらえるくらい、私はリン様にとって重要なひとになれたんだと
思うとなんだか胸がきゅっとした。

なんだか名残り惜しくて、私たちはわざと各駅停車の電車でおしゃべりしながら
戻ることにした。
乗り換え駅で別れるときリン様は「またね。」と私の腕の中のチューリップが
つぶれないように軽くハグをしてきて、私はちょっとドキドキした。
社交に慣れた人の振る舞いにはなかなかかなわない。

家に帰って花瓶にチューリップを活けると部屋の中がぱっと明るくなったような
気がした。やっぱり花は素敵だ。
リン様に家に帰り着きましたとラインを入れ、活けたお花の画像も送った。
そのままなんとはなしにスマホでチューリップの花言葉を検索してみる。
愛の告白、真実の愛、失われた愛…
花言葉ってやっぱりこういうことばかりだな。
そういえば本数にも意味がと言ってたけど。
スクロールで表示された言葉の列に私は赤面して固まってしまった。

3本のチューリップ
『愛してる』
今日渡したのと合わせて受け取ってほしいってことは、9本と3本で。
12本のチューリップ
『恋人になって』


何これ、どういうこと、間違いじゃない?どうしよう。
私は今度こそ本当に真っ赤になってひとり焦ってしまった。
明日から送られてくるリン様のチューリップの写真をどう見たらいいのだろう。
花瓶のチューリップは素知らぬ顔で艶のある花弁を咲きほこらせている。
 

 

 

 


あとがき
みさ吉さん来阪にあわせて彼女が描かれたリンランカレンダー4月のイラストの
イメージで現パロssを一気書きしました。
現パロって構文を考える作業少なくて書きやすいんですね!今回の発見。

イラスト見た時点でみさ吉さんに感想を送ったときに、花言葉と本数にも意味
があると教えていただいたのがすごくエモくて、これをネタに書かねば!と妙な
使命感がw
リンのジャケット姿とランファンの立ち襟ブラウスがかなり気合の入ったデート
だなと思ったこともss内で使っています。
ランファンがアメストリス留学した時のホストファミリーがアームストロング家
というのは、リングリで活動されてたAOAA東さんの『mally me!』という本の中
の『ハルジオン』という作品でのキャスリンとランファンの交流が可愛いすぎた
ので自然に使ってしまいました。
何も知らない方には?な展開かもしれません。