ここ40年ほどで練馬区の姿もだいぶ変わったが、その中でも屈指の変貌を遂げたのが「練馬高野台」駅の周辺ではなかろうか。
そもそも駅が新しく出来たことに加えて、路線とクロスする笹目通りもでき、環八と関越道をつなぐ重要な道路となったが、40年前はこんな道は無かったのだ。どうやって路線南北を通行していたのかわからない。

覚えているのは、この辺りは畑だけがあってやたらと行き止まりの道ばかりだったため自動車もほとんど通らず、子供にとってはとてもいい遊び場だったということだ。地図には破線で現在と同じように引かれていることから、計画は当然あったのだろう。いつ笹目通りが開通したのかは覚えていないけど。

上が現在の地図、下が昭和53年頃の同じ場所です。

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