それはまさに青天の霹靂だった。
2月19日深夜1時に玉担のCちゃんから電話が入った。
「どうしよう、大変な事になっちゃった!!」
私と言えば三連休の中日で嵐の潤担とお出かけして寝たばかりだった。
「Kちゃんが亡くなったの、明日お通夜で22日が告別式だそうです。」
「え!!、なんで???、どうして???」
彼女もKちゃんのご主人からの電話で聞いたようなのだが、泣いて話されたため上手く状況が分からないようだった。
とにかく救急車で運ばれて病院で19日の夕方6時に亡くなったことは分かった。
この亡くなったKちゃんとは、元玉担でキンプリの平野君に降りた子でキスマイ仲間だった。
思い出せば最初のLIVE参戦はスノードームの約束の時で、私ともう一人のガヤ担とCちゃんの娘さん、Kちゃんの娘さん二人と総勢7人で東京ドームに行って以来の仲でした。
その頃お嬢ちゃん達は小学生と中学1年生で可愛かったな。
あの時Kちゃん達はアリーナで私たちは3階のかなり後ろだったっけ。
その後何度かのLIVEを経て、玉担だったKちゃんはキンプリの平野君に移行して行ったのだ。
それまでとは会う頻度が減ってしまったけど、お誕生日のお祝いや時々のランチでのお付き合いを通じて年に何度かは会っていて、先月も月末にランチをしようとしたら仕事が忙しくてもうしばらくしたらと言われたばかりだった。
翌20日の夜、お仕事終わりに玉担Cちゃんとその娘さんと待ち合わせをして9時過ぎにお通夜のご自宅にお伺いしてきました。
顔を見るまでは亡くなったことが信じられず、複雑な気持ちでお伺いしたのだけれど、彼女は一般のお通夜が終わりもう棺の中に収められていました。
あの頃幼かったお嬢ちゃん達は、お姉ちゃんが短大1年生、下の子は高校1年生になっていました。
とにかく手を合わせておまいりし、お顔を見たらもう綺麗に化粧されていて・・・。
棺の傍らには下の子がお母さんに縋るように棺の中のお母さんを見ていました。
そして・・・小さくキンプリのCD流れていて・・・・。
ご主人にどうしてこんなに早くに亡くなってしまったのかお聞きしたら、2週間前から体調が悪くお医者さんに行ったら、頭の中に腫瘍?梗塞?ができていて真ん中にあるため手術ができないと言われたそうです。
薬を飲んでしばらく様子を見ようという事になりましたが18日にあまりに頭が痛いというので救急車を呼んで病院に搬送したけど、翌日19日に亡くなったと・・・。
ああ、何と儚い事でしょう。
享年47歳、若すぎる死でした。
来月14日は彼女のお誕生日でかつては玉ちゃんと3日違いたと喜んでいたっけ。
理解あるご主人のお蔭でキスマイもJUMPもキンプリも皆LIVEに行けて、棺にもたくさんお写真を入れてくださったそうです。
まだまだ若くてご主人も色々計画していたことができないと嘆かれていました。
告別式も22日の予定でしたが、上のお嬢ちゃんのお誕生日でその日に火葬にしないで!という事で21日に変更となりました。
思いやりと気遣いがあり、頑張り屋さんだったKちゃん。
3人でキスマイの歌を沢山歌ったことが思い出です。
どうか安らかにお眠りください。
私達もキスマイのLIVEに行くたびに貴女の事を思い出すでしょう。
そして、残されたご主人とお嬢ちゃんを見守ってくださいね。
まだまだ気持ちの整理ができずにいる私ですが、今までのLINEがもう来ないのだと思うと本当に悲しい。少しずつ進んで行こうと思います。
告別式で今までの優しさをありがとう、そしてさようならと手を合わせました。