4年後は5連休 知ってる?!秋の黄金週間


「ハッピーマンデー」と「国民の休日」で実現(sankei)

 祝日のめぐり合わせで、またまた三連休がやってくる今年の九月。ところが四年後には、もっとうれしい五連休になるって、知っていました? 「ハッピーマンデー」と「国民の休日」という祝日法のマジックが生んだ秋の黄金週間。大型連休をにらんでカレンダー業界や旅行業界は早くも動き出している。(舛田奈津子、大衡那美) 第二のゴールデンウイークが実現するのは平成二十一年九月。その仕組みはこうだ。 まず十九日、二十日は土曜日と日曜日。二十一日はハッピーマンデーで第三月曜日に移動した祝日の「敬老の日」。二十三日は同じく祝日の「秋分の日」。そのため、二十二日は祝日と祝日に挟まれた平日-つまり、祝日法の規定で「国民の休日」となり、週末を含めると五連休になるというわけだ。「秋分の日」は年によって異なり、前年の官報で正式に決まるが、国立天文台の計算によると、敬老の日と秋分の日が飛び石になる年は二〇五〇年までにさらに六回出現し、同様の五連休が組まれることになるという。


これは今から楽しみです。

旅行業界などは、すでに動いているとか…。

みなさんも今から「平成21年9月24日と25日」の有給届けを出して9連休を完成させましょう!!

昨日は、二人の息子の誕生会をしました。
我が家は四人家族の内3人が9月生まれなので、我が家にとって9月はまさに『誕生会月間』なのです。残りの一人(私)も10月生まれなので、なおさらです。
夕方、実家の母と妹を呼んで手巻きパーティとバースデイケーキで和やかな一時を過ごしました。息子たちは後何年、この会に付き合ってくれるのでしょうか?
もうじき彼女と過ごす誕生日が良くなるんだろうなぁ~、きっと。

ダイエー創業者、中内氏が死去 (yomiuri on-line)


スーパー大手、ダイエーの創業者で、戦後流通業界をリードした中内●(なかうち・いさお)氏が19日午前9時30分、脳こうそくのため死去した。83歳だった。(●は「功」のつくりが「刀」)告別式は親族のみで行う。中内氏が学園長を務める中内学園流通科学大学(神戸市西区)の学園葬を行うかどうかは未定。中内氏は8月26日夕、定期検査を受けていた神戸市内の病院で倒れ入院。脳こうそくと診断され、治療中だった。

中内氏は大阪市で生まれ、神戸市で育った。1957年9月、大阪市旭区の千林商店街に「ダイエー薬局・主婦の店」を開業し、食品や衣料、雑貨など幅広い品をそろえたスーパーを全国に展開、大量仕入れ、大量販売で安売り路線を定着させた。「価格を決めるのはメーカーではなく、消費者にあるべきだ」とする流通革命を唱え、松下電器産業をはじめとした家電メーカーなどと激しく対立したが、72年には、売上高で三越を抜いて小売業日本一となった。88年にプロ野球の南海ホークス(当時)を買収、92年にはリクルートに資本参加した。ホテル、遊園地、外食、パチンコなども相次いで傘下に収め、ピークの94年度には187社、売上高5兆2293億円の巨大グループを築き上げた。しかし、消費の多様化などに対応が遅れた結果、90年代半ば以降、ダイエーグループの業績は悪化、99年1月、経営責任を取る形で社長を退任し、2002年2月にはダイエー関連の役職をすべて退いた。90年、流通業界から初めて経団連(当時)副会長に就任、93年には流通業界初の勲一等瑞宝章を受章した。


神戸で働き始めた頃、三宮で建ち並ぶダイエー系列の店を見て「中内さんって、すごい人だなぁ」と思ったものです。はじめて貰った給料でメンズの店(Jents?)に行って、ネクタイとワイシャツを買って都会人の仲間入りをしたような気になったことを思い出しました。家内とのデートもダイエーの入っている須磨のショッピングセンター、田舎に帰るための家電製品や家財道具の購入もダイエーの大型店…。あの頃のダイエーは輝いていました。今のダイエーの経営者のみなさんも、中内さんのやり方を全面否定ではなく、いいところは引き継いでもらいたいものです。ダイエーの社員のみなさんもつらいとは思いますが、中内イズム(DNA)を引き継いで絶対復活して、ぜひ鳥取に再出店して下さい。待ってます!

中内さんのご冥福をお祈りします。



昨日は、夕方鳥取市内で会議がありました。


終了後、少ししゃべっていたため帰路に着いたのが8時前になりました。


家族にお菓子でもと思い(?)思わずコンビニに入りました。


コンビニが好きです。


小さな店舗にあのアイテム数、しかもトレンド商品が並びます。


入れ替わりも激しいため、マメに(?)通わなければ流行から置いていかれます。


入店後、さっそく店内を一周。何か新しいものはないかなぁ~。


新発売と季節限定のお菓子を各一点ずつと子供用の食玩を購入


ついでに自分用の水を買いました。


さぁ~そろそろ帰るかと店を出ようとしたところ


何と「こち亀復刻版」の新刊を発見!


子供に買ってやろうと手に取ると、もうお金を払うのが惜しくなるほどの汚さ


はぁ~今日はあきらめて、明日買おうか


と店は出たものの、結局別のコンビニに寄って買って帰りました。


こんな感じで、自分の小遣いを減らしています。


今日は、中学生の長男の運動会があった。


昨日から、台風15号の影響などで時折雨が降り


「明日の運動会は無理だろう」


が、家族の暗黙の了解になっていた。


そして朝…


家内のあわただしい声で目を覚ました。


眠たい目をこすりながら窓の外を見ると


今にも泣き出しそうな空。


気象庁のHPの時間別予報もやっぱり日中は雨。


「こんなんでやるの?」


小言を言いつつ、雨対策を万全にして家を出た。


結果は、運動会中まったく雨はなし!


それどころか時折青空がのぞくほどの好天…。


山間部の方向は、常に暗い雲が覆っていたものの


かえって例年に比べ、日差しが少なく適度な風もあり


快適な運動会になりました。


保護者の99%がやらないだろうと予測する中


強行とも言える状況で運動会を開催した


校長以下、中学校の教職員のみなさん


本日は頭が下がりました。


「本当、見事な判断でした!!」


お客様に、数年前「心筋梗塞」にかかり元気に回復された方がいる。


現在44歳、当時からそうだが見た目は病気とはまったく無縁な感じの方だ。


年末のある日、出先で急に胸が苦しくなり救急車で総合病院に運ばれた。


集中治療室で約一ヶ月過ごした後、心臓手術の専門医がいる病院に転院


大手術を受け約一年間の入院を経て退院をされた。


実は、今でも月に一度の通院と薬は欠かせないのだそうだ。


薬の関係で、少しだけ食べられないものもあるとか…。


奥様も、かなりたいへんだったようだ。


子供さんは学生、治療費はかなり高額、仕事もあまり休めない…。


「こっちが倒れるかと思った」とは奥様の弁 (ごもっとも)


そんなお客様と久しぶりに話をする機会に恵まれた。


「先月、同級生が同じ病気で死んじゃったんだよ」


「何か風邪っぽいなぁって、近所の個人病院に行ったら


やっぱり『風邪ですね』って言われて、もらった薬飲んで


家で寝てたら、そのままポックリだったって…」


「奥さん『大きな病院に連れて行ってたら…』って大泣きして。


子供も幼稚園だから、もう見てられなかったよ。本当」


身につまされるような話でした。


決して大きな病院なら大丈夫ということはないでしょうが


「まあ、これぐらい大丈夫か」と油断をしたことが


こんな結果になってしまったんでしょうか…。


いつも週末は、特に遅くまで仕事をしてしまうんですが


今日は家族に土産でも買って、少し早く帰ろうと思いました。


明日7日の日中、台風14号が鳥取県に最接近するとのニュースが流れています。


九州四国各地で猛威を振るっていますが、そちらの友人や知合いに被害がないか心配です。


台風、地震、落雷…。


自然の力に人間は何と無力なことか…。


お客様には、注意喚起のFAXをしました。


「人間は生かされている!」誰かに聞いた言葉を思い出しました。


その通りなのかもしれません。


どうか大きな被害が出ませんように…。


結局、祈る事しかできない私でした。


サラリーマン時代の後輩が、兵庫県から久々にやって来ました。


彼が新入社員として入社したときの私が直属の上司という間柄でした。

新人時代の彼はもうトンガッテいて、顧客や同僚との衝突もしばしばでした。

何となく同じ年代の頃の自分を見ているようで、自然と自宅に招くような間柄になりました。

当時赤ん坊だった我が子も、とてもなついていました。

私の転職後も彼とは連絡を取り合っていました。

それは、彼の知らない土地での一人暮らしが原因だったかもしれません。


そんな彼から転勤の連絡があったのは約1年前のこと

新人として、こちらに配属されたときにはヘコんでいたくせに

今度は、兵庫県に帰れるというのにヘコんだ声の電話が妙に印象的でした。


転勤後も彼は、月に一度程度は電話で連絡をくれました。

いつの間にか部下を持つようになった彼の口調は柔らかくなっていました。

それでも私は

「いいか、あんまりおねえちゃん(部下の女性社員)にガンガン言うなよ!」

と、電話の度に注意を促していました。その度に彼は

「○○さん(私)大丈夫、問題ないっすよ」

と、柔らかい口調で答えてくれました。


先月、数ヶ月ぶりに彼から電話がありました。


後輩 「○○さん、9月1日空いてますか?」

私  「どうしたの?」

後輩 「いや~久しぶりに伺おうかと思って…」

私  「いいよ、それなら空けるよ。大歓迎。ん何か相談事でもあるの?」

後輩 「彼女を連れて行こうと思って」

私  「えっ!出来たの?」

後輩 「そうなんですよ。で先輩の話をしたら、ぜひ会いたいって言うんで」


そして今日、彼はさっそうと彼女を連れて現れました。

ほんわかした雰囲気の二人を見て、彼の器が大きくなったことを確信しました。


数時間後、二人は二十世紀梨を持って仲良く帰りました。


私も二十世紀梨を買って帰ることにしました。


二人の恋が成就することを祈ります。



先日、とうとう次男がめがねを買いました。

私も家内も近眼。それも結構な近眼です。

当然、二人の子供もいつかはと覚悟はしていましたが…。


昨日の夕方、出来上がっためがねを恥ずかしそうにかけた次男が

事務所に来てくれました。


その姿を見てびっくり!


一瞬、自分の子供の頃を見ているような感覚になりました。


今まで風貌的には長男の方が似ていると言われていましたが

やっぱり、そこは親子でした。


どうか二人とも髪の毛だけはお父さんに似ませんように…。


うれしくもあり、また心配事が増えたような一日でした。



久しぶりにお客様と雑談をする機会に恵まれました。

このお客様とは5年以上のお付合いで、とても信頼をして頂いています。


お客様 「それにしても○○さん(私)はおしゃれね。いつも奥さんが選ぶの?」

私    「いいえ、買うのも組み合わせも全部自分で選びますけど…」

お客様 「へぇ~、すごいのね」

私    「いやぁ~、ぜんぜんすごくないですし、ほとんどブランド物じゃないですよ」

お客様 「イメージと服装がピッタリ合ってるから、印象いいわよ」

私    「ありがとうございます。せっかく褒めて頂いても何も出て来ないんですけど。すいません」

お客様 「また今度でいいわよ。(笑)でも、この雰囲気が大切なのよ」

私    「私って、そんなにかっこいいですかね?」

お客様 「かっこいいわけじゃないの。全体の雰囲気よ、雰囲気」

私    「…」

お客様 「何か落ち着いてて、何があっても慌てなくて。お客様私に任せてください、大丈夫ですよ。

      っていう安心感が○○さんにはあるのよ」

私    「そうですか、ありがとうございます。それなら全部私に任せてくださいよ」

お客様 「それはそれ(笑)もう少し時間をかけてね」


とまぁこんな会話を1時間もしてしまいました。(商談は5分程度)

自分で言うのも変ですが、私はお世辞にも決してかっこいいタイプではありません。

でも日頃から仕事の身形には気を使っています。

営業って(それ以外もそうかもしれませんが)ある意味役者だと思うんですよ。

だら~っとした身形の人は、だら~っとした仕事しかできないと見られてしまう…。

だから外見のイメージも大切にしています。

言葉使いもお客様によって「鳥取弁」か「標準語っぽい」か…。


褒められたからではありませんが、このお客様(社長様の奥様)はいい雰囲気の方です。



褒められたにも拘らず、今日は新規契約の申込書はありませんでした。