当社の御祭神は伊勢神宮から勧請し兵庫大仏で有名な能福寺の守護神として鎮座していた。神仏分離以降、兵庫の町の守護神として神明町に鎮座し、祀られていた。
社伝によると、仁和三年(887)宇多天皇の病気平癒のため、尚侍藤原淑子勅命を奉じた勅願社であり、朝野の信仰が篤かった。建武の内乱・応仁の兵火などに遭って焼失したが、本殿・末社・拝殿・絵馬堂が再建され、鹿ヶ谷、法然院、南禅寺一帯の産土神として信仰を集めている
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特に、末社の大国社の狛鼠、日吉社の狛猿、愛宕社の狛鳶は、それぞれの神のお使いとして有名である。