下鴨神社摂社河合神社延喜式神名帳の愛宕郡の「鴨川合坐小社宅(おそこべ)神社(神名大 月次相嘗新嘗)」に当たる。 「方丈記」の鴨長明は社家の生まれで、後鳥羽上皇が河合社の禰宣に彼を推薦したが、一族内の反対にあい、実現しなかった。 http://kamnavi.jp/yamasiro/kawai.htm
日光二荒山神社 日光の二荒山神社は二荒山を古名とする男体山への崇敬から生まれたものとされる。 最古の記録と見られる空海の「沙門勝道歴山水瑩玄珠碑並序」(弘仁五年(814))によれば、下野国芳賀の人沙門勝道が補陀洛山の登拝を試み、二回の失敗の後、ついに天応二年(782)三月、辛苦の末に山頂を極めた。 http://kamnavi.jp/en/higasi/futara.htm
河内鋳物師河内鋳物師は、そのルーツを和銅年間の鋳銭司と考えることができる。祖神(氏神)として「石凝姥命」を始め「天児屋根命」「猿田彦命」達を『鍋子丸』と称して祀っていた。 http://www.kamnavi.jp/log/ugaimoji.htm