『伊予国風土記逸文 釈日本紀』に次のような話が載っている。
 乎知の郡。御島においでになる神の御名は大山積の神、またの名は和多志(渡海)の大神である。この神は難波の高津の宮に天の下をお治めになった天皇(仁徳天皇)のみ世に顕現なされた。この神は百済の国から渡っておいでになり、摂津の国の御島においでになった。云々。御島というのは津の国の御島の名である。


http://kamnavi.jp/en/sikoku/ooyama.htm

壇ノ浦の戦いで弱冠八才の安徳天皇は二位の尼(平時子)に抱かれて入水された。遺骸は下関と彦島を隔てる小瀬戸に漂着、漁師中島家の漁網によって引き上げられたと伝えられている。


http://kamnavi.jp/en/sanyou/akama.htm

金刀比羅とはクンピーラーでガンジス河のワニを神格化したもので、仏教と共に持ち込まれた名前。


http://kamnavi.jp/en/sikoku/konpira.htm