私は沖縄の田舎で四姉妹の長女として育ちました。周囲にはさとうきび畑が広がり、平凡な幼少期を過ごしていましたが、私は幼い頃から都会への強い憧れを抱いていました。


高校3年生のある日、友達の家に泊まりに行くと嘘をついて、こっそり東京の専門学校の面接を受けに行きました。そして高校卒業後、家族に何も告げずに航空チケットを取り、上京しました。


上京後の奮闘と新しい世界


専門学校に通いながらホテルで働き、それにも慣れてくると、掛け持ちでバイトを増やし、わずか3ヶ月で100万円を貯めて寮を出ました。卒業後は派遣社員として働きながら、バイトを続け、12ヶ国22都市へ海外旅行をしました。そこで私は、世界の広さと自分の価値観の小ささを痛感しました。



無気力に襲われた日々と「書く瞑想」


しかし、働き続ける生活に疲れ、無気力に襲われることもありました。掛け持ちの仕事に追われ、1〜2ヶ月の間、仕事と家の往復だけの引きこもるような生活を送ることも。そんな時に私を突き動かしたのが「ジャーナリング」、いわゆる「書く瞑想」でした。


最初はただの日記でしたが、次第に「自分が何を思い込んでいるのか」「どうしたいのか」「本当に欲しいものは何か」を可視化する自己対話のツールになっていきました。


ジャーナリングが教えてくれた本当の自分


自己対話の力をはっきりと感じたのは、恋愛の経験を通してでした。価値観の違いから恋人に「合わない」と言われ、別れの危機に直面しました。私はジャーナリングを通して、「なぜ別れたくないのか?」「どこを改善すべきか?」「私はどうしたいのか?」を徹底的に考え、自分の指針を決めました。そして恋愛ではなく、自分の人生に集中することを選びました。その結果、彼から結婚を申し込まれることになったのです。


「望みを100個書く」ことで人生が変わった


ジャーナリングを続けるうちに、「望みを100個書く」ということを始めました。最初は全部書けませんでしたが、「やりたいことを探す」という視点を持つことで、日常の見え方が変わりました。目に入ったポスターの風景や、街ですれ違った人の服のディティールを意識し、夢中で書き留めました。


「あのケーキを食べてみたい」という小さなことから、「英語がペラペラになりたい」といった大きな目標まで書くことで、それが自分の人生を構成する要素になっていきました。


物質的な欲求から、本当に大切なものへ


書いていく中で気づいたのは、「私は現状を維持しようとしながら、成長を求めていた」という矛盾でした。どう変化すればいいか分からず、同時に変化を怖がっていました。そこで、自分がやりたかったこと、憧れの人や場所、好きなもの・嫌いなことを整理しました。すると、少しずつ時間や生活が変わっていきました。


かつて私は「高級ブランドのワンピースが欲しい」と思っていました。しかし、ジャーナリングを続けるうちに、本当に欲しかったのは「そのワンピースを着ている女優の雰囲気」でした。凛としていて自分に自信があり、気取らず周囲に優しく接する姿勢――私は物ではなく「在り方」に憧れていたのです。


それに気づくと、物質的な欲求よりも、自分の内面や生き方を大切にするようになりました。新しい服を探す時間を「本当に有意義なのか?」と考え、必要以上に物を買わなくなりました。気乗りしない付き合いを減らし、自分で絵を描く時間を持つようになりました。


「やめたことで空いたスペース」には、お金が増えるという実質的な充実感と、自分が本当に好きなことをする時間が舞い込みました。それは気づいたら新しい自分になっていた、という体験でした。




書くことで見えた、自分だけの人生


ジャーナリングを通して、私は「本当に欲しいもの」「自分の目指す生き方」「人生を満たすもの」を少しずつ明確にしていきました。


都会への憧れだけで飛び出した私は、世界を知り、自分を知り、そして今、自分の人生を自分の手で創る楽しさを知っています。


「書くこと」は、ただの記録ではなく、自分を深く知るためのツールです。もし今、何かに迷ったり、行き詰まりを感じたりしているなら、紙とペンを手に取ってみてください。


書くことで、あなたの中の本当の望みが見えてくるかもしれません。