夏も、もうおわりかけのころでした。
いままで、あつくてあつくてさんぽできなかったヘビのネークおばさんが、やっと穴の家からでてきました。
「じっとがまんしていたわ、これでようやく自由にさんぽできるわ。さ…てと」
ひとりごとをいいながら、ひさしぶりにおばさんは、さんぽをくねくねとはじめました。
ネークおばさんのさんぽ道はひとつ。それは、田中さんちの庭のなかでした。庭はとても広くて、なまえのしらない木や草、葉っぱ。それに花。木かげも草かげもたくさんあるのです。だから、ネークおばさんはこの庭がとても気にいってここに住んでいたのでした。
庭のすみっこの石がきの穴が、ネークおばさんの家です。たくさんの草でおおわれて、だれにもしられなさそうで、しずかだからです。
そこから庭を、くねくねといつもさんぽするのです。でも、田中さんの家のほうには、ぜんぜん行きません。そして、しばふの庭もとおりません。そこは田中さんたち家ぞくがつかう所だからです。
そうです。ネークおばさんは、ぐるーっと四角い庭のすみからすみをひとまわりくねくねしてくるのでした。
そこがじぶんのさんぽ道なのです。
あるきだして、ヤツデの木の下につきました。根もとには、ギボウシの大きな葉。その葉っぱのしげみから声がするではありませんか。
「あああ、こわいったら、こわいわー。あー、ブルブルブル」
葉っぱの下からのようでした。
「だれ……かな?」
ネークおばさんは、葉っぱのおくへゆっくりと首をつっこんでみまわしました。
すると、トカゲの子がしっかりあたまをかかえてふるえていたのです。
「あらら、トカゲのトッちゃんだ。どうしたのさあ」
ネークおばさんが、びっくりすると、
「キャッ。たすけて、ネークおばさん。空が、空がおちてきたのっ」
トッちゃんはこわごわ、空をゆびさしました。
「ヘッ、空がー?」
ネークおばさんには、トッちゃんのいうことがよくわかりません。
「さっき、さっきよ。わたし、にげてにげて、やっとここへもぐりこんだのっ。ああ、こわ、こわ」
トッちゃんは、
またあたまをか
かえこんでしま
いました。
「空のどこがお
ちたって?」
へええとびっ
くりしたネーク
おばさんは、首
をぐんとのばし
て空を見あげま
した。
空はいつもの
ように青くて、
くも一つもあり
ません。
お日さまが、キンキラ,キンキラ、光っているだけです。
「こりゃまた、あつくなりそうだわ。やだやだ」
首をふるネークおばさんを、トッちゃんは見あげます。
「ね、ね、おばさん、空は、空は……」
「うん、だいじょうぶ。青くていつもの空だわさ。おちそうにもないよ」
するとトッちゃんは、はげしく首をふりました。
「ちがうったら、そうじゃないったら。あたしの上におちてきた空のことなのっ」
ネークおばさんは、ますますわけがわからなくなりました。
「トッちゃん。いくらなんでも、空がおっこちるわけないとおもうわ。あなた、ねぼけとるんじゃないのぉ」
「ち、が、うよう。さっき、しばふでウトウトしとったけど……。でもでも、じゃあこれ。これこれ、みて」
そういってトッちゃんは、いきなりうしろをむきました。うしろをむいたトッちゃんには、あの美しいるり色のスマートなしっぽがありません。
「アッ! しっぽがっ……、ど、どうしたのっ」
「ネッ。ちゃんとしょうこがあるでしょ。空としばふにサンドイッチされて、しっぽがきれちゃったんだから。しかもそのとき、とてもあつい風がハアーってわたしにふきかかったのよ。あつい風がハ、ハアーって」
トッちゃんは、おそろしさのあまりぎゅっと目をとじてしまいました。
「マ、マ、マ。そういえばねえ、あのきれいなるり色をしたしっぽがない……わ。あれはシマヘビのわたしより、ずずーっとうつくしいしっぽよねエ」
おばさんが、まじまじトッちゃんのおしりをみていると、トッちゃんがワッとなきだしました。
「あたしの大すきなしっぽが。……ウエーン」
ネークおばさんは、あわてました。なんとかしなくっちゃ。どうしたらいいの、こんなとき。
「うーん、そうね、あの目デカ兄ちゃんに聞いてみようかしら」
ひとりごとをいうと、長い首をツーとあげて、グン、グン、グンとのばしました。そうしてあっちこっち、そうがんきょうのように首をまわしました。
「いつもだと、もうそろそろ飛んでくるころなのよねえ。あー、いたいた。ねえねえ、目デカ兄ちゃーん。こっち、こっちよー」
それはどうやら、トンボのオニヤンマのことのようです。ひゅううん、ひゅううんと羽で風をあおって、オニヤンマが庭の上を飛んでいました。そのとびだしたおおきな目に、ネークおばさんの長い首がうつりました。
「うるせえな。きもちよくとんでるっちゅうに。なんのようだっ」
目デカ兄ちゃんはぶっきらぼうにいいました。
「ね、ね、ね。そこからおとしものが見えないかとおもってさ」
ネークおばさんは大きい
声でそっくりかえっていい
ました。
「ふん、おとしもの?
なんのだ?」
目デカ兄ちゃんは、
めんどくさそうに聞
きます。
「トッちゃんのしっぽと、
あとはおっこってきた空なんだけど」
目デカ兄ちゃんは、大きい目をぐるんと一回まわしてわらいました。
「ッハハハ。なに? 空のおとしものだって? 空がいつおちたって?」
「わらわないでそこらへんに、小さい空でもいいからおちてないか、しっぽがあるかないか、まじめにさがしておくれでないか」
「そんなもん、ない。空がおっこっちまったら、おれたちゃ飛んでないだろ。ヘンなことでよぶなっ」
目デカ兄ちゃんは、プリっとおこって田中さんの家のやねのほうへ行ってしまいました。
「あー、なんてこと。いじわるトンボ!」
しかたなくおばさんは、かま首をたてて、トッちゃんのしっぽが落ちてないかと、そこここに目をやりました。と、そのときです。やねの上へ目デカ兄ちゃんがかえってくるのが見えたのです。
「おー、ネークおばさんよお。しっぽならしばふのまんなかにころがってるぞー」
「まあ、あなたって、なんてやさしい」
その声は、泣いているトッちゃんにもよく聞こえました。
トッちゃんは、葉っぱの下からとびだします。そしてはねるように走りだしました。空がおちてこないかとビクビクしながら、庭のしばふへむかって。
「しっぽ、しっぽ、だいじなあたしの。あったわ、あった」
ありました。トッちゃんがそのしっぽをくわえたときでした。
「ただいまー」
田中さんが外から
かえってきました。
「ぺス、さあ水をやるぞ」
朝のさんぽがおわった
ので、しば犬のぺスが、
田中さんに水をもらうと
ころです。そのとき、田
中さんはトッちゃんに気が
つきました。
「やっ、おまえさんは……」
田中さんが、トッちゃんに話しかけてきました。
「朝のトカゲの子じゃないか。ごめんよう、くつでふんじゃって。しばふでいねむりしていたみたいだね。もう少しで体ぜんぶ、ふんづけるところだった。死んじゃったかと、ぺスがクンクンかいでいたしなあ。びっくりしたろう」
このおじさんの大きいくつのうらが、空に見えたんだと、小さいトッちゃんにはようやくわかりました。そして、あついあの風はぺスの鼻いきのようです。
「でも、とかげのしっぽは、
また、はえてくるんだ。だ
いじょうぶ。きっと出てく
るからな」
田中さんの声は、ネーク
おばさんにもじゅうぶん聞
こえました。トッちゃんは、
ちぎれたしっぽをくわえた
まま、ネークおばさんのい
るところへすっとんでかえ
りました。
時計の音のようにむねが、トキントキンとなっています。
「ホントにホント? あたしのシッポがもとのとおりになるって!」
ネークおばさんは、首をツンとたててしっかり答えました。
「ホントにホントさ。わたしの耳にもちゃーんと聞こえたよ」
「あたし、うれしいっ。ウ、ウ、ウエーン」
トッちゃんは、しげったギボウシの花の下で、また泣きだしました。
「そうだね、そうだね」
ネークおばさんは、その頭をペロペロとやさしくなめてやりました。
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